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用字苑事件 名古屋地裁昭和62年3月18日判決
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【判例ID】   27802329
出版差止等請求事件
名古屋地裁昭五八(ワ)二九三九号
昭62・3・18民九部判決
原告 X 〈ほか一名〉
右原告両名訴訟代理人弁護士 松井正道
同 岡邦俊
被告 Y 〈ほか二名〉
右被告三名訴訟代理人弁護士 大脇保彦
同 鷲見弘
同 大脇雅子
同 飯田泰啓
同 伊藤保信
同 村田武茂
同 谷口優
同 久野忠志
同 織田幸二
同 前川弘美
右鷲見弘訴訟復代理人弁護士 相羽洋一
右久野忠志訴訟復代理人弁護士 大江英一

       主   文

一 被告らは、別紙書籍目録二記載の書籍を製作、発行、頒布してはならない。
二 被告らは、別紙書籍目録二記載の書籍及びその半製品並びにこれに関する印刷用紙型、
亜鉛板、フィルム、版下など印刷用の原版を廃棄せよ。
三 被告らは、各自、
(1)原告Xに対し金六四二万円、
(2)原告X1に対し金四五五七万円、
及びこれらに対する、被告Y及び被告Y2については昭和五八年一〇月二九日から、被告Y1については同年一一月五日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告らのその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は被告らの負担とする。
六 この判決は、三項に限り、仮に執行することができる。

       事   実

第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文一、二項と同旨
2 被告らは、各自、
(一)原告Xに対し金八〇三万円、
(二)原告X1に対し金五六九七万円、
及びこれらに対する、被告Y及び被告Y2については昭和五八年一〇月二九日から、被告Y1については同年一一月五日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 2項に対する仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一)原告X(以下、「原告X」という。)は、原告X1(以下、「原告会社」という。)の代表者であって、別紙書籍目録一記載の書籍(以下、「用字苑(改訂版)」という。)の発行者として表示されている者であり、原告会社は、書籍の出版、販売等を目的とする会社であって、「用字苑(改訂版)」の発行所として表示されている者である。
(二)被告Y(以下、「被告Y」という。)は、別紙書籍目録二記載の書籍(以下、「実用字便覧」という。)の奥付に編者として表示されている者であり、被告Y1(以下、「被告Y1」という。)は、被告Yの父にして、「実用字便覧」の奥付に「A(出版部)」名義をもって発行所として表示されている者であり、被告Y2(以下、「被告会社」という。)は、いわゆるギフト商品を取り扱う通販業者であって「実用字便覧」を販売している。
2 「用字苑(改訂版)」の著作、発行
(一)原告Xは、昭和四七年一〇月ころ、現代の国語を主とし、その漢字を大きな文字で、はっきりとわかりやすく明示して、利用者の便宜に供すると共に、それによって漢字による現代の国語の表記が正しく行なわれることを目的とする辞(字)典の編集を企画し、同人を代表とし訴外B,同Cらを構成員とする「現代国語研究会」を組織した。
  「現代国語研究会」は、製作する字典の著作権を原告Xに帰属させるとの合意のもとに編集作業を行ない、昭和四八年六月ころ、「用字苑(初版本)」を完成させた。そこで原告Xは、原告会社に出版権を設定し、原告会社は、同月二二日、「用字苑(初版本)」約一万部を発行した。 
(二)その後「現代国語研究会」は、昭和五〇年六月ころから前記と同趣旨の合意のもとに全画的な改訂作業を行ない、昭和五一年九月二〇日、「用字苑(改訂版)」が出版権者である原告会社から発行された(なお、出版権の存続期間は一五年である。)。「用字苑(改訂版)」の現在までの発行部数は約一六万部であり、販売は、主として通信販売ないし取次店を経由しない書店販売の方法によっている。
3 「用字苑(改訂版)」の著作物性
(一)「用字苑(改訂版)」の先行物としては、「用字便覧」(昭和四七年ころ、小桜書房より発行)、「ポケット日用語字典」(昭和四二年ころ、高橋書店より発行)などがあるが、これらの先行物と対比した場合の「用字苑(改訂版)」の編集の特色は次のとおりである。
(1)現代において使用されている国語を対象に、使用頻度の高い順に単語を選択し、法律、経済、貿易などの特殊、専門用語でも現代生活に密着したものは多数収録する。
(2)読み方と意味は知っているが漢字が正確にはわからない場合のために、漢字だけを大きな文字(明朝体、一二ポイント活字)で、「濁点抜き完全五〇音順」に配列し、意味を付さない。
(3)文章技術や各種試験対策のため、重要な四字熟語をほとんど網羅する。
(4)慣用的な難解訓読の語句を収録する。
(5)文字が見やすく、引きやすいレイアウトの版画(ハンゾラ)とする。
(二)原告Xら「現代国語研究会」の構成員は、三〇名近い研究者、専門家の協力を得て、現代雑誌九〇種の用語用字(国立国語研究所)、電子計算機による新聞の語彙調査(同)、当用漢字音訓表(文化庁)等を原資料とし、一五か月余りの編集作業によって、前記の特色をもつ「用字苑(改訂版)」を完成させたのであり、同書が新たな編集著作物であることは明らかである。
(三)被告らは、本件において「用字苑(改訂版)」の著作物性を否定するが、他方で、後記のとおり、同書の完全な複製物である「実用字便覧」の著作権者を僣称して、訴外D、同Eに対する二件の差止請求事件を本件と同一の訴訟代理人によって提起し、現に維持しているのであるから、本件において被告らが「用字苑(改訂版)」の著作物性を争うことは、「実用字便覧」の著作物性を争うことに他ならず、禁反言の法理に明白に違反し許されない。
4 被告らの著作権侵害行為
(一)被告らは、共謀のうえ、昭和五六年八月ころから「実用字便覧」を製作、発行し、ギフト商品業界を通じ、あるいは職場販売等の方法で同書を大量に販売し、版を重ねている。
  ちなみに、「実用字便覧」は、原告Y1の別称である「A「若しくはA1)」(非法人)が「発行所」となり発行されているが、その発刊当初から現在まで、「株式会社A1(出版部)」あるいは被告会社名義で、ギフト商品業界、職場販売業界(各種団体宛販売業界)の専門誌である「セレクト」及び小売販売業界、スーパーマーケット業界、チェーンストア業界、ギフト商品業界、職場販売業界(各種団体宛販売業界)、アイデア商品業界を対象とする業界紙である「販売シグナル」に「実用字便覧」の宣伝広告を継続して掲載している。
(二)「実用字便覧」が「用字苑(改訂版)」の複製物であることは、次の諸点から明らかである。
(1)「実用字便覧」の内容は、「用字苑(改訂版)」の収録語約四万三二〇〇語の中から約六〇〇語を恣意的に除去したあとの約四万二六〇〇語を、後者とまったく同一の語順に従い、「読み」のみで「意味」を付さず、後者と同種の活字(明朝体、一二ポイント活字)と類似レイアウト(A6判八段、一二行)によって配列したものである(但し、「実用字便覧」の中には「用字苑(改訂版)」にない語が約四五〇語入れられている。)。
(2)「実用字便覧」の用語選択(編集方針)は、左記のとおり一般用語についても、特殊、専門用語についても、「用字便覧(改訂版)」の用語の選択(編集方針)と全く同一である。
(ア)一般用語
  たとえば「た」の項で選択された語の語数は「用字苑(改訂版)」は一五四八語、「実用字便覧」は一五二九語であり、後者は前者から一九語を削除したのみで、選択対象になった語、配列、語順とも全く前者と同じで、後者のみで選択採録した語はゼロである。同様に、「ち」の項では、「用字苑(改訂版)」は九一八語、「実用字便覧」は九〇七語であり後者は前者から一一語を削除したのみで、選択対象になった語、配列、語順とも全く前者と同じであり、後者のみで選択採録した語はゼロである。「つ」の項では、「実用字便覧」は「用字苑(改訂版)」からたった二語を削除しただけで、あとはすべて後者と同じである。
(イ)特殊、専門用語
  「用字苑(改訂版)」は、現代用語、法律用語、経済貿易用語など多数の特殊、専門用語を収録してあるのが特色の一つであるが、「実用字便覧」も右と全く同じ範囲の同じ用語をそのまま継承している。
  右のような特殊な用語は、編集方針にこのような特殊、専門用語を収録するという強い意識がないと、総語数四万ないし五万ぐらいの字典では収録しえない語句である。ところが、総語数四万余足らずの「実用字便覧」には、右で列挙した特殊、専門用語がことごとく継承収録されている。
(3)たとえば、「用字苑(改訂版)」二八頁の「X」、一八九頁の「B」、二二〇頁の「正利」、二二〇頁の「C」は、無断複製物発見のため、編集者の「X」「正利」、「B」B、C「C」の氏、名をあえて収録したものであるが、これが左記のとおり「実用字便覧」でもそのまま継承収録されている。
X(二八頁)
B(一九一頁)
正利(二二一頁)
C(二二一頁)
(4)たとえば、「用字苑(改訂版)」一七頁の「慍れ」、同四六七頁の「利礼」は、「★れ」、「利札」の誤植であるが、これらが誤植のまま「実用字便覧」一六頁、四七三頁に継承されている。
(5)たとえば、「用字苑(改訂版)」一六七頁に「差向い」を二か所にわたってあえて収録してあるが、これが「実用字便覧」一六九頁にも前者の語順のとおり二か所にわたってそのまま収録されている。
(6)「用字苑(改訂版)」の語順は「濁点抜き完全五〇音」であり、右基準によればたとえば、二一六頁の「精進料理」と「小心翼々」、二二〇頁の「剰余金」と「乗用車」、二四六頁の「精神薄弱」と「誠心誠意」などは、本来それぞれ語順が逆でなければならない。これは無断複製物発見のために、あえてとられた配列であるが、「実用字便覧」二一七頁、二二一頁、二四七頁にも右の誤った語順がすべてそのまま配列されている。
(三)被告らは、「実用字便覧」が「用字苑(改訂版)」の複製物であることを否認し、その理由として一九八一語に及ぶ相違点(相違語)を挙げる。
  しかしながら、右相違点の内容は左記(1)ないし(11)のとおりであるところ、(1)、(2)の加入、削除(約一〇〇〇語)はきわめて恣意的であり、何らかの具体的編集方針に基づくものではない。とくに、約四九〇頁の「実用字便覧」の冒頭八〇頁までの部分に加入語の四分の三(約三〇〇語)が集中している事実は、被告の改変作業の恣意性を如実に示すものである。
  また、(3)ないし(11)(約九八〇語)は、相違語ですらなく、誤植、計算ミスを相違語に加えている点は論外として、それ以外の箇所についても改変に関する法則性、一貫性は認められない。
  以上から、被告は、「実用字便覧」が「用字苑(改訂版)」の無断複製物であることを隠蔽するため、「用字苑(改訂版)」の収録語約四万三〇〇〇語について、何らの編集方針にも基づかず、冒頭部を中心に約一〇〇〇語を加入、削除を恣意的に行なったものにすぎないから、前記相違点は、「実用字便覧」が「用字苑(改訂版)」の複製物であることを否定する根拠とはなりえない。
(1)新たに加入した語 四一四語
(2)削除した語 五九一語
(3)誤植(ふりがなを含む)を相違語としたもの 一五八語
「用字苑(改訂版)」
↓「実用字便覧」(以下同じ。)
月給↓月結
出精(でせい)↓出精(でけい)
(4)( )くくりの語を書き分けて二語としたもの 六八語
退(頽)廃↓退廃
       頽廃
(5)送りがな、語尾を変えたもの 二一語
泣落し↓泣落す
(6)四文字語を頭二文字に変えたもの 四二一語
自学自習↓自学
(7)両辞典ともに収録されていない、又は共に収録されているのに加入語としたもの 四一語
眼路(共に収録されていない。)電光石化(共に収録されている。)
(8)字体の相違 一三九語
★↓餅
(9)ルビの表記等の相違 五二語
亜細亜(アジア)
↓亜細亜(あじあ)
明日(あす・あした)
↓明日(あす)
(10)語の一部を変更したもの 六四語
行く先↓行く先々
真田虫↓真田紐
(11)計算ミス等 七語
新たに加入した「開発途上国」を「開発途」・「上国」の二語として計算
(四)以上から、被告らの「実用字便覧」の製作、発行、頒布は、「用字苑(改訂版)」につき原告Xの有する著作権及び原告会社の有する出版権を侵害するものである。
5 原告らの損害
(一)被告らは、昭和五六年八月から現在までに「実用字便覧」を少なくとも五〇万部販売し、これによって一部につき金一三〇円の利益を得ているから「用字苑(改訂版)」の著作権者である原告X及び同書の出版権者である原告会社が受けた損害の額は、少なくとも右合計額金六五〇〇万円を下らない(著作権法一一四条一項)。
(二)原告会社は、「用字苑(改訂版)」を一部平均金一三〇〇円で販売して一部につき金九〇七円の粗利益を上げ、この中から金一一二円の著作権料を原告Xに支払っているから、前記損害額を右の割合で次のとおり配分した額が各原告の損害額となる。
(1)原告X 金八〇三万円
(2)原告会社 金五六九七万円
6 結論
  よって、原告らは著作権ないし出版権に基づき、被告らに対し、「実用字便覧」の製作、発行、頒布の各行為の差止と、著作権法一一二条二項に定める物品たる「実用字便覧」、その半製品及びこれに関する印刷用紙型、亜鉛板、フィルム、版下など印刷用の原板の廃棄を求めると共に、不法行為による損害賠償として、各自、原告Xにつき金八〇三万円、原告会社につき金五六九七万円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日(被告Y、被告会社については昭和五八年一〇月二九日、被告Y1については同年一一月五日)から各支払済まで民法所定定年五分の割合による遅延損害金の支払を各求める。
二 請求原因に対する認否
1(一)請求原因1(一)の事実は知らない。
(二)同1(二)の事実は認める。
2 同2(一)、(二)の各事実はいずれも知らない。
3(一)同3(一)は否認ないし争う。
「用字苑(改訂版)」は、以下のとおり、編集著作物と認められる要件たる素材の選択又は配列における創作性を欠いているのみならず、辞書としての完成度も低いものであって、著作物として保護するに価しない。
(1)編集物における著作物性
  著作権法一二条一項は、編集物は、その素材の選択又は配列によって創作性を有するものに限って著作物として保護される旨規定している。「用字苑(改訂版)」は、字義や語義などの説明を一切省き、単に字ないし語を収録して並べたものにすぎないのであるから、単なる事実あるいはデータを素材にした編集物に該当し、したがって、同条項に定められた要件を満たさない限り著作物として保護されることはない。
  ところで、「用字苑(改訂版)」は、以下のとおり編集目的において特段独自性が認められないのみならず、同条項に定める素材の選択における創作性及び素材の配列における創作性のいずれの要件も欠いているものといわなければならない。したがって、同書は、保護に価する著作物足りえないというべきである。
(2)「用字苑(改訂版)」の編集目的における非独自性
  原告らは、「用字苑(改訂版)」の編集目的を、「現代の国語を主とし、その漢字を大きな文字で、はっきりと、わかりやすく明示して、利用者の便宜に供すると共に、それによって漢字による現代の国語の表記が正しく行なわれること。」と主張する(請求原因2(一))が、同書の先行物である「用字便覧」(小桜書房刊)の「発刊の辞」に、「(ことばの意味はわかっていても、文字をたまたま度忘れてしまったり、書きたい文字の形があやふやだったりする場合に、用字を知るという目的にこたえるために)手軽に引け、しかも確実であることを期して編集された字書です。」とその編集目的が記載されていて、両者を比較してみればその間に差異はなく、「用字苑(改訂版)」の編集目的が特別の独自性を持っているということはできない。
(3)素材の選択における創作性の欠如
(ア)「用字苑(改訂版)」における素材の選択基準等について
  原告らは、前記「用字便覧」等の先行物と対比した場合の「用字苑(改訂版)」の編集の特色のうち収録字句の対象範囲及び選択基準に関するものとして、以下の三点を挙げる(請求原因3(一))。
a 現代使用されている国語を対象に、使用頻度の高い順に単語を選択し、専門用語でも現代生活に密着したものは収録する。
b 文章技術や各種試験対策のため、重要な四字熟語をほとんど網羅する。
c 慣用的な難解訓読の語句を収録する。
  しかしながら、同種の辞典類に照らすと、右三点はいずれも編集上の特色といえるほど独自性の認められるものではない。
(ィ)現代国語、使用頻度、専門用語について
  右aについては、現代国語を対象に使用頻度の高い順に選択することはこの種の辞典類にあたっては原則というよりむしろ当然の前提条件であり、右「用字便覧」においても冒頭に「本書には、普通日常生活で用いることばのうち、漢字で表記するものを網羅的に収録してあります。」とあって、同旨の選択基準が示されているのである。
  そして、使用頻度に関しては、専ら国立国語研究所の資料によったものであり、原告らにおいて特段の調査を尽しておらず、単に多数の国語辞典等を比較しながら収録語を選択したにすぎないというのが「用字苑(改訂版)」の編集の実態である。
  また、日常用語は勿論のこと専門用語についても同書に収録されたもののほとんどすべてが「広辞苑」等の市販の国語辞典に採録されているものであって、右「用字便覧」にも、教唆、脅迫、検視、騙取、減価償却、耐用年数、基礎控除、哨戒、巡洋艦、十戒、如是我聞等の法律、経済・会計、軍事、宗教などの専門用語が多数収容されており、類書に比べて「用字苑(改訂版)」の編者が日常用語及び専門用語の収録に関して特別に創意工夫を凝らしたという点は認められない。
(ウ)四字熟語・成句及び慣用的難読語について
  右b、cについても、いずれも市販の辞書類に収容されている語句ばかりであって、特段目新しい点はない。そして、右「用字便覧」にも四字熟語、慣用的難読語は多数採録されており、両者の収録語数を比較すれば明らかなとおり、いずれも「用字便覧」の方が遥かに多いので、「用字苑(改訂版)」が「重要な四字熟語をほとんど網羅する」とは到底いえない。
(エ)字句編纂の容易性について
  以上のとおり、「用字苑(改訂版)」は、収録字句の選択にあたり、その語義を参酌することなく、各種辞書を参照して寄せ集めたにすぎず、極めて容易な編集方法によったものというべきであるから、同書は、素材の選択において創作性を欠く。
(4)素材の配列における創作性の欠如
(ア)「用字苑(改訂版)」における字句配列について
  原告らが「用字苑(改訂版)」の編集の特色として掲げるもののうち、字句の配列に関する部分は以下の二点である。
d 読み方と意味は知っているが漢字が正確にはわからない場合のために、漢字だけを大きな文字(明朝体、一二ポイント活字)で「濁点抜き完全五〇音順」に配列し、意味を付さない。
e 文字が見やすく、ひきやすいレイアウトの版面(ハンヅラ)とする。
  しかしながら、これらの点に関しても、「用字苑(改訂版)」にその独創性を見出だすことはできない。
(イ)漢字だけの配列、字の種類・大きさ及び配列順序について
  「用字便覧」において既に語句の意味を付さないで、漢字だけを配列することがなされており、すべての漢字の右側にひらがなのルビをふること、活字を明朝体とし、その大きさを一二ポイントとすることも、「用字苑(改訂版)」において「用字便覧」をそっくり踏襲しているものである。
  また、字句の配列を五〇順音とすることは、国語の辞典類ではごく一般的であって、先行物たる「用字便覧」においても採用しているものであり、同一の語義で異なる表記の方法があるときは( )を用いて同一行に記載するやり方も(たとえば「挙(掲)句」のごとく)、「用字苑(改訂版)」にそのまま受け継がれている。
  なお、同音の字句の場合、「用字便覧」にあっては漢字の画数の少ないものから掲げるという基準によっているのに対し、「用字苑(改訂版)」では特段の基準を設けておらず、この点にも同書の編集における緻密さの欠如が見出だされる。
  以上のとおり、右dの点に関しては、「用字苑(改訂版)」の独創性は全く認められない。
(ウ)レイアウトについて
  原告らが「用字苑(改訂版)」の特色と主張する「文字が見やすく、引きやすいレイアウトの版面(ハンヅラ)とする」ことは、語句の意味を付さないこの種の字典類にあっては当然のことであり、これを殊更に取上げて編集上の特色とすることがいかなる意味があるのか疑問であるが、それはともかく、先行物たる「用字便覧」と対比しての「用字苑(改訂版)」におけるレイアウト上の差異を見てみると、それは一頁を七段組みとし、一段の各行には一字句のみを掲げるとしたことくらいである。しかしながら、国語漢語に関する辞典類(縦書きのもの)のレイアウトはいずれも罫線により縦を数段に分け、一段の中では見出し語を右から一列に配置する形式をとるものがほとんどであって、このようなレイアウトは、この種の編集物に周知の極めてありふれたものであり「用字苑(改訂版)」のレイアウトは、これらから語義や解説を削除しただけのものにすぎないのであるから、これを以て他の辞典類にはない特色といい得るほどのものではない。
(エ)字句配列の平凡さについて
  以上のとおり、「用字苑(改訂版)」にあっては素材の配列につき極めて特色のない方法を採用しているもので、独創性が認められず、この点に関しても著作物として保護に価するものではない。
(5)辞書としての未熟さ
  「用字苑(改訂版)」に誤植が多いことは、原告ら自身、誤植の存在を認めている(請求原因4(二)(4))ところから明らかであり、その他、語順の前後しているところも多く(この点につき原告らは無断複製品発見のためのものというが、それ自体、利用者の便宜より自己の利益を優先させる考えの現れであり、辞典としての完全性を自ら放棄したことを如実に示すものである。)、そのため同一語句を二重に掲げる(たとえば「増す」)ことになり、更には、前記のとおり、同一音訓の字句についてその配列順序に一貫性がないこと、四字熟語を掲載しながらその前半のよく使用される二字熟語を掲げていないものが多いこと(たとえば「外交交渉」、「科学衛星」、「隔世遺伝」はあるが、「外交」、「科学」、「隔世」はない。他方で「液体燃料」、「学校群」、「勝手次第」については、それぞれ直前に「液体」、「学校」、「勝手」の語が掲げられている。)、振り仮名の誤り(たとえば「指詰め」(さしずめ)、「定式幕」(じょしきまく)、「昇殿」(しょうでん)や振り仮名の拗音、促音の文字の大きさが他の振り仮名と同じで区別できないことなどに照らすと、「用字苑(改訂版)」における辞書としての完成度は極めて低いものといわざるを得ない。
(二)同3(二)の事実は否認する。
  原告らは、現代国語研究会の構成員が三〇名近い研究者専門家の協力を得て「用字苑(改訂版)」の編集をしたと主張しているが、その構成員の大部分が原告Xの知人ではあるものの、現代国語研究会とは直接の関係はなく、同書の編集には一切関与していない。

 したがって、「用字苑(改訂版)」は専ら、必ずしも現代国語や辞典の編纂に造詣が深いとはいえぬ原告Xを中心に編集されたもので、採録字句の選択及び配列に関しては単なる寄せ集めあるいは羅列にすぎないものというべきであり、前記のごとき「用字苑(改訂版)」における実際の収録字句やレイアウトに独創性の認めがたいことを合わせて考えれば、同書は編集著作物としての創作性を欠く。
(三)同3(三)は否認ないし争う。
  被告Yは、既に別件の訴外Dに対する訴えを取り下げている。
4(一)同4(一)のうち、被告Y1が「実用字便覧」を発行、販売していたこと、被告会社が同書を販売していたこと、同書は被告Y1の別称である「A(もしくはA1)」(非法人)が「発行所」となり発行されていたこと、被告Y1が「株式会社A1(出版部)」名義で専門誌「セレクト」に、被告会社が業界紙「販売シグナル」にそれぞれ「実用字便覧」の宣伝広告を継続して掲載していたこと、以上の事実は認めるが、その余は否認する。
  被告Yは、被告Y1が「実用字便覧」の発行を企画した当時、学生であり、何も知らされていなかった。
  また、被告Y1及び被告会社は、「実用字便覧」が「用字苑(改訂版)」と類似していることを知らず、著作権侵害の問題を生じ得る余地は全くないと信じていたものである。

(二)同4(二)のうち、「実用字便覧」の製作意図、編集方針が、「用字苑(改訂版)」のそれらに類似している事実は認めるが、その余は否認ないし争う。
「実用字便覧」の編集の経緯は左記のとおりである。
(1)被告Y1は、昭和五五年暮ころから、言葉の意味は知っており、書かれた文章を読んだり、日常の会話に使ったりすることはできても、文章に書くときには字を忘れて思い出せないなどして、正確にその字を書くことが出来ないときに、簡単にその単語を調べられるような、大きな活字の、見やすく的確にすばやく検索できる辞典を編集刊行することを計画した。
(2)そして被告Y1は訴外加藤和宏(以下「加藤」という。)に右計画について相談をもちかけ、相談の結果加藤は、会社員であるため編集刊行する辞典の著作権を被告Y名義とする旨合意し、その辞典の形状、編集方針として次のような方針をたてた。
(ア)できるだけ版を小さくし、コンパクトなものとする。
(イ)全体の収容語数をできるだけ多くする。
(ウ)そのために一頁当たりの収容語数をできるだけ多くし、余白はできるだけ作らない。
(エ)使用する活字はできるだけ大きなものを使い、見やすくする。
(オ)収容する単語の選択は頻度の高さ及び読みかた、書きかたの難しさ、間違いやすさを中心的基準とする。
(3)加藤は、右編集方針に基づき、次のような具体的編集方針をとることとした。
(ア)版はA六判の大きさ、用紙はコロナ紙、厚さは約一・五センチメートル、頁数は四〇〇頁から五〇〇頁を目途とする。
(イ)各頁を九本の横罫線で仕切り、縦に三文字を配置できる段を八段作り、各段は右から左に単語を配列する。
(ウ)収容語は,できるだけ二文字、三文字の単語とし、四文字以上の単語、合成語はできるだけ省くこととするが、必要な単語は四文字、五文字、六文字のものも収容し、この場合、四文字以上の文字数の単語は「★」を使って二行にわたり収容する。
(エ)見出しも収容語と同様に大きな活字を使い、見やすいように天に配置する。 
  そして加藤は、右編集方針、方法に基づき、当用漢字表、人名漢字表、各辞典類の難音、難訓索引(角川国語辞典)、漢字の読みかたの手引表(岩波国語辞典)、編集意図を類似にする類書(用字便覧、用字辞典、用字字典等)等から単語を拾い出し、抽出した語を整理検討のうえ取捨選択して収録語を決定し、右のレイアウトにあわせて五〇音順に配列して、「実用字便覧」を編集したものである。
  以上のとおり、加藤は被告Y1の指示に基づき、「実用字便覧」を独自に編集したものであり、同書は、「用字苑(改訂版)」の著作権とは全く関係なく、それを侵害するものではない。
  現に「用字苑(改訂版)」と「実用字便覧」のレイアウトについて比較すると、両者は、
サイズ、色、体裁、段組み等において、著しい差異が存在し、したがって、全体の印像、効果等も非常に異なっている。これは「実用字便覧」が独自の創作行為によって編集されたものであることを物語っている。
  なお、前述のとおり製作意図、編集方針などのアイデアについて被告Y1及び加藤は類書から有益な示唆を受けているが、これらは著作権とは全く関係ないものであり、類似の製作意図、編集方針により製作された場合、全く無関係に製作されても結果的に類似の書籍となることが往々にしてあることは世上の実用書、手引書において多数みられることであり、結果的に若干似ているものとなっても独自の方針で独自に製作された結果であればなんら問擬されるものではない。原告の主張は、著作権が複製物であることを無視して、アイデアそのものの保護を求めようとする、著作物の範囲を逸脱した不当な主張である。

(三)同4(三)の事実は否認する。
「実用字便覧(初版本)」と、「用字苑(改訂版)」とを対比すると、双方の収録語句、字体、ふりがなに関する相違点(相違語)は、合計一九八一語に上り、双方の収録対象語句が現代日本語という普遍性を持つものである(すなわち、収録語句の大部分が共通とならざるを得ない。)ことを考慮すると、右のごとく相違の多いことは、明らかに「実用字便覧」が「用字苑(改訂版)」の複製物ではないことを物語るものである。
(四)同4(四)は争う。
5 同5(一)、(二)はいずれも否認ないし争う。
「実用字便覧」については、写真製版の複製品が多種類氾濫しており、これら複製品は現在なお発行、販売されており、被告Y1出版にかかる「実用字便覧」の数十倍の数量発行販売されている。原告らは右複製品業者の販売数量と被告Y1の発行、販売数量とを誤認している。
6 同6は争う。
第三 証拠《略》

       理   由

一 当事者について
《証拠略》を総合すると、請求原因1(一)の事実が認められる。
また、同1(二)の事実は当事者間に争いがない。
二 「用字苑(改訂版)」の著作、発行及び同書の著作権性について
《証拠略》を総合すると、
1 原告Xは、昭和四一年ころ、大学院にて法律学を修めた後、渡米して言語学などを学び、帰朝してから暫くは事務所へ勤務するなどしていたが、やがて職を辞し、昭和四七年後半ころにはアルバイト生活を送る傍ら、新構想の辞典の刊行を企図するようになった。
  なお原告Xは、この間、書籍の編集、校正作業に携わった若干の経験を有するが、辞典類の編集作業そのものに従事したことはなかった。
2 原告Xの企図した辞典とは、当時、日本語の使い方に乱れがあると頻繁に指摘されていたことから、漢字を大きな文字で明瞭に表示し、利用者がこれを正確に表記するについて便宜を与えることを目的とするものであったが、前記のとおり、原告Xはこのような編集作業の経験が十分ではなかったため、教育学に造詣の深い訴外B、かつて警視庁に勤務していた訴外C、朝日新聞に勤務していた弟の訴外X正順らの協力を求めることとし、同人らと現代国語研究会を結成した上、著作権を原告Xに帰属させるとの約定の下で、昭和四七年末ころから、具体的な語句の選定作業に入った。
  その結果、昭和四八年六月ころ、一応の完成を見、同月二二日ころ、「用字苑」の名称を付された初版本が刊行され、同書は最終的に約一万部発行された。
3 右初版本は、収録語彙数が約二万にすぎず、辞典として不十分なものであったため、原告Xらは改訂版の出版を企図し、昭和五〇年ころから具体的な改訂作業に入った。
  当時、正確な漢字の表記の便宜に供する類書としては、高橋書店刊の「ポケット日用語字典」(昭和四二年刊)、小桜書房刊の「用字便覧」(昭和四七年刊)などが存在していたが、原告Xらは、右改訂作業にあたり、これらに対する独自の特色を打ち出すため、基本方針として、
(一)漢字だけを大きく表示すること、
(二)見やすく、引きやすい版面レイアウトを工夫すること、
(三)当用漢字を基本にして、これに頻度の高い語句を加えること、
(四)文章作成に重宝で各種試験に出題されやすい四字熟語を網羅的に収録すること、
(五)正確な表記が困難と思われる難解な語句や特殊専門用語を最大限収録すること
などを決定し、その具体化として、
(ア)一二ポイントの明朝体活字を使用して印刷する、
(イ)一頁を七段組み、一段を横一三行とし、各行には一語句のみを掲げる
などの方策を採用し、さらに最も重要な収録語句の選定については、
(ウ)「広辞苑(約二〇万語)」、「広辞林」、「大日本国語辞典(約二二万語)」、岩波書店の「国語辞典(約五万九〇〇〇語)」、三省堂の「新明解国語辞典(約七万二〇〇〇語)」、「現代用語の基礎知識」などを参照し、これに国立国語研究所の研究成果を基にした頻度チェックを行なって、現代生活にふさわしい語句の抽出作業を実施した。
  ただし、一般的な基本語(約四万語)ほど頻度が高くなくとも、警察官、司法書士、税理士、証券会社員、自衛官などを対象にした法律(約七〇〇語)、経済、軍事などの専門用語を多数収録することとし、各人の造詣の深い分野については自ら選定作業に当たり、そうでない分野については知人らの意見を徴し、又は資料の提供を受けるなどして補った。
4 改訂作業の結果、「用字苑(改訂版)」の収録語数は約四万三二〇〇(公称は四万五〇〇〇)に増加し、「用字便覧(約三万五〇〇〇語)」と比較すると、前記3(一)及び3(ア)については共通しているが、
(一)縦二段組み、一段を横一〇行とする「用字便覧」は、語句を順次流し配列しているため、一行の収録語数が一定しないうえ、語句が二行に分断されることも多く、目的語の検索に時間を要するが、「用字苑(改訂版)」では前記3(イ)の方式を採り、かつ収録熟語は四字までの複合語に制限したので、視覚に訴えるところが大であり、語句を捜し出すのが容易である。
(二)「用字苑(改訂版)」においては、「用字便覧」と異なり、この種の小辞典としての性格上、不要と思われる国名、地名、固有名詞、古語などの収録は最小限にとどめている代わりに、前記3(ウ)のような語句の抽出作業を実施した結果、現代生活に実用的と思われる基本語句を網羅的に収録しており、四字熟語の収録数も約五〇〇に及ぶ他、法律、経済、軍事(自衛隊関係)、茶道、麻雀などの特殊用語を相当数収録しており、このような分野に関係している人の便を計っている。
  また、語句の配列基準や仮名づかい、送りがな、字体、付録などにつき、「用字便覧」と「用字苑(改訂版)」とは微妙に異なっている。
(三)そして、現実に収録された語句においても大幅な食い違いがあり、例えば、「な」、
「ち」、「て」の頭文字を有する語句では、一頁あたり数十語(多いところでは五〇語以上)にも及ぶ相違が存する。
  以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
  ところで、著作権法一二条一項は、「編集物でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものは、著作物として保護する。」と規定し、素材が単なる事実、データ等であっても、その収集、分類、選択、配列が編集者の一定の方針あるいは目的のもとに行なわれ、そこに独創性を見いだすことができれば、全体を著作物として扱う旨を明らかにしているところ、右認定事実によれば、「用字苑(改訂版)」発行当時、語句の意味を付さず、漢字だけを大きく表示してその表記の便宜に供する辞典類は既に存在していたが、その中で一段の各行に一語句のみを掲げるレイアウトを採用したのは「用字苑(改訂版)」が初めてであり、収録語句の選定についても、現代生活における実用性という観点からみて積極的に評価し得る一定の方針、基準を設け、多くの国語辞典類を参照して、これに合致する語句を抽出しているから、そこに独創性の存在を肯認し得るというべきである。
  この点につき、被告らは、「用字苑(改訂版)」は素材の選択又は配列における創作性を欠き、辞書としての完成度も低いことを理由に編集著作物とは認められない旨主張する(請求原因に対する認否3(一))。確かに、前記認定事実によれば、「用字苑(改訂版)」は、法律学などの限られた分野には造詣が深いものの、言語(国語)学や辞典編纂の専門家とはいえない原告Xらを中心に編集されたもので、語句の選定に際しても、既刊の辞典類を抽出母体となしているといい得る。
  しかしながら、編集著作物における独創性とは、学問的な完全無欠さを要求するものではなく、素材の選択又は配列に、何らかの形で人間の精神的活動の成果が顕れていることをもって足りると解すべきところ、前記のとおり、「用字苑(改訂版)」は、現代生活における実用的な用語辞(字)典という性格上、有益な指針に基づいてレイアウト及び収録語句の選定が行なわれ、結果的にも右目的をほぼ充足する内容となったと認められるから、右の独創性の存在を肯認するのが相当である。
  なお、作品、ことに辞典類の作成は、何らかの形で先人の文化的遺産を基礎とし、その上に作者の新知見、アイデアを加えて完成させるのが一般であるから、著作物たり得るために、その全部が作者の独創性で貫かれていることまでも要求すべきではなく、成立した作品の具体的な表現の形成ないし方法に独自性が存することをもって足りると解されるから、収録語句の抽出母体が既刊の辞典類であったとしても、そのことは「用字苑(改訂版)」の著作物性を否定する根拠となるものではない。
三 被告らによる著作権侵害行為について
1 請求原因4(一)のうち、被告Y1が「実用字便覧」を発行、販売していたこと、被告会社が同書を販売していたこと、同書は被告Y1の別称である「株成会社A(若しくはA1)」(非法人)が「発行所」となり発行されていたこと、被告Y1が「株式会社A1(出版部)」名義で専門誌「セレクト」に、被告会社が業界紙「販売シグナル」にそれぞれ「実用字便覧」の宣伝広告を継続して掲載していたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
  しかして、《証拠略》によれば、被告Yは、訴外Dに対する著作権侵害差止等請求事件(当庁昭和五七年(ワ)第一三〇三号)において、「実用字便覧」の編集は、同被告が中心となり加藤がこれを補助して行なったが、その着手に先立ち、被告Y1を含む三者間で、完成した書物の著作権を被告Yに帰属させる旨合意したと主張している事実が認められ、また被告Y1本人尋問の結果によれば、被告Y1は、かつて、被告会社と、東日本を中心として贈答品の卸売業を営む訴外日新株式会社の両社の代表取締役であったところ、後者が破産宣告を受けた昭和五五年五月の直前にそれらを辞任し、被告会社については、妻に代表取締役の地位を譲ったこと、しかし、その後も顧問としてその経営に関し相談を受けていたこと、以上の事実が認められ、これらの事実に前記当事者間に争いのない事実を総合すると、被告Y、同Y1及び被告会社は当初の段階から互いに意を通じ、「実用字便覧」の編集、発行、販売に関与してきたものと推認することができる(《証拠判断略》)。
2 そこで次に、「実用字便覧」が「用字苑(改訂版)」の違法複製物であるか否かについて判断する。
《証拠略》を総合すると、
(一)「実用字便覧」の収録語数は、約四万三〇〇〇であり、「用字苑(改訂版)」のそれと比べると、僅かに及ばないものの、ほぼ同規模の小型辞(字)典と評し得る。
  そして、「実用字便覧」の編集目的も、「用字苑(改訂版)」をはじめとする類書と同様、言葉の意味は知っていても文章の中で正確に表記できない語句を簡単に調査できるよう、漢字を大きな活字で表示することにあり、そのため、一二ポイントの明朝体活字を採用したこと、語句には意味を附さず、横にルビを附するにとどめたことはいずれも「用字苑(改訂版)」に共通であり、一頁を数段組みとし、その各行に原則として一語句のみを掲げることも類似しているが、紙型が異なる他、段数が九であること及び一行が三字分のスペースより成るため、四文字以上の成句の場合、二行にわたることがあること、において相違点が認められる。
(二)収録語句の構成を比較すると、「実用字便覧」において語句が二行以上にわたっているものをも相違語と数えた場合、それは数千語にも及ぶが、「用字苑(改訂版)」に存しない、全く新しい語句の加入数は四〇〇強であり、逆に削除した語数は六〇〇弱である。もっとも、新加入語の約四分の三は、「実用字便覧」の冒頭から八〇頁(全部で約四九〇頁)の部分に置かれ、その分布に偏りがある。
  なお、以上の他に、厳密に言えば一〇〇〇近くの相違語があるが、これらは、誤字、誤植のあるもの、「用字苑(改訂版)」においては( )くくりにして一語句とされているものが「実用字便覧」においては書き分けて二語句とされているもの、送りがな、語尾が異なっているもの、「用字苑(改訂版)」では四字熟語として収録されているが、「実用字便覧」では頭二文字を単独に収録したもの、字体においてのみ相違しているもの、ルビにおいてのみ相違しているもの、語句の一部のみが相違しているもの、などにすぎない。

 したがって、冒頭に述べた、全く新しく加入され又は削除された語句以外の語句を共通語として取り扱うとすると、右共通語の「用字苑(改訂版)」及び「実用字便覧」のそれぞれの全収録語句に占める割合は、いずれも九九パーセント近くに達する結果となっている。
  現に「た」の項の「駄々っ児」から「谷間」までの二〇八語のうち、右に述べた本来の意味の相違点は、「実用字便覧」は一語(「多弾頭」)を削除しているのみであり、「ち」の項の「地学」から「治癒」までの三〇二語においては、「実用字便覧」が四語(「蓄積公害」、「地形輪廻」、「知識産業」、「窒化硼素」)を削除していること、「て」の項の「手」から「電話」までの八七二語においては、「実用字便覧」が九語(「抵当直流」、「適性露光」、「転換社債」、「電気療法」、「電工塗装」、「電子音楽」、「電子機器」、「電子冷凍」、「天敵農薬」)を削除し、一語(「適業」)を加えていること、が挙げられるのみである。
  このような類似性は、基本語だけでなく、特殊用語においても認められ、例えば自衛隊の階級用語として想定され得る七〇語のうち「実用字便覧」と「用字苑(改訂版)」の双方が収録したもの一八語、双方が収録していないもの四八語で、後者においてのみ収録されている相違語は四語にすぎない。
(三)「用字苑(改訂版)」では、無断複製物発見の目的で、故意に、
(1)「X」、「B」、「正利」など、編集を担当した者の氏、名を潜ませた、
(2)「★れ(いきれ)」、「利札」と表示すべき語句を「慍れ」、「利礼」と、各印刷した、
(3)「差向い」を、三語句挟んで二か所にわたって収録した、
(4)語句の配列基準である「濁点抜き完全五〇音順」に反し、「精進料理」と「小心翼々」、「剰余金」と「乗用車」、「精神薄弱」と「誠心誠意」を右の順に並べた、
ところ、「実用字便覧」も(1)ないし(4)をそのまま踏襲している。
  もっとも、前記別件訴訟における被告(D)が原告Xより右の点を教示され、これを主張したところ、その後版を重ねた「実用字便覧」は右の各点を順次補正、改訂しており、「用字苑(改訂版)」においてももはや「罠」としての効用を失ったため、現在発行されている版では補正済である。
  以上の事実が認められ、これによれば、「実用字便覧」はレイアウトにおいて、若干の相違はあるものの、基本的には「用字苑(改訂版)」のそれを踏襲しているといい得る他、収録語句の選定、配列についても、冒頭から二割弱の部分においては「用字苑(改訂版)」のそれを基盤としながらも、多少なりとも他の辞典類を参考にして修正を試みた形跡は窺えるものの、それ以降の部分は「用字苑(改訂版)」と殆んど同一であり、全体としても九九パーセント近くの語句が共通であって、いわば「丸写し」に近い書物であると断じざるを得ない(なお、「実用字便覧」は、前記のとおり、版により多少の相違があるが、その基本的特徴ないし性格を変える程度には到底至っていない。)。
  従って、「実用字便覧」は、「用字苑(改訂版)」に著作物性を認める根拠となった二つの特徴、すなわち、レイアウトと収録語句の選定における独創性を流用、再現していて、かつそれは「用字苑(改訂版)」と無関係に行なわれたものでないことは、前記認定事実から明らかというべきであるから、これを発行、販売する被告らの行為が「用字苑(改訂版)」に対する原告Xらの著作権等を侵害するものであることは言を俟たない。
四 原告らの損害について
1《証拠略》によると被告Yは、前記別件訴訟における訴状に、「実用字便覧」の卸売価格は一冊につき金三八〇円、必要経費が同じく金二五〇円であるので、一冊につき金一三〇円の利益がある旨記載している事実が認められるので、本件においても、被告らは「実用字便覧」一冊の販売により、同金額の利益を得たものと推認するのが相当である。《証拠判断略》
  しかして、その販売数量に関し、被告Y1はその本人尋問において、三〇万から四〇万部に達する旨供述しているところ、本訴における被告としての立場上、控え目な数量を述べることはあっても多目に述べることはないと考えられるから、被告らは少なくとも右四〇万部を販売したものと認めるのが相当である(原告Xはその本人尋問において、「実用字便覧」の発行部数は少なくとも五〇万部に達すると供述し、その根拠として、《証拠略》によれば訴外Dは昭和五六年九月から昭和五七年五月までの九か月間に、二三万二八六四部をAなどから仕入れ、販売しているから、一か月当たりの数量は約二万六〇〇〇部になるところ、これに昭和五六年八月から本訴提起までの月数を乗ずると六〇万部を超える計算になることを挙げる。しかしながら、右仕入量の大部分である二一万〇七七〇部は被告らとは無関係に複製されたものであることが前記書証より明らかであるから、原告Xの挙げる根拠はその推論の前提を欠き、採用することができないといわざるを得ない。)。
  そうすると、被告らが「実用字便覧」の発行、販売により得た総利益は、左記計算式のとおり、金五二〇〇万円となる。
130円×400,000=52,000,000円
2《証拠略》を総合すると、
(一)「用字苑(初版)」の改訂作業が進行中の昭和五〇年一二月一六日、原告Xは、将来の改訂版の出版に備えて原告会社を設立し、自ら代表取締役に就任する一方、改訂作業が最終段階に至った昭和五一年七月一日ころには、現代国語研究会を代表する原告Xと原告会社との間で、
(1)原告Xが著作権を有する「用字苑(改訂版)」につき、有効期間一五年間とする出版権を原告会社に設定する、
(2)原告会社は原告Xに対し、右書籍の一部ごとに定価の七パーセントに相当する著作権使用料を支払う、
などの約定からなる出版契約を締結した。
(二)「用字苑(改訂版)」の定価は金一六〇〇円であるが、現実には平均して一冊金一三〇〇円にて販売しているところ、その製造原価(印刷、製本等に要する費用)は金三九三円であって粗利益は金九〇七円であり、ここから原告会社は原告Xに対し、金一一二円の著作権使用料を支払っているから、原告会社の利益は金七九五円となる。
  以上の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。 
  そうすると、著作権法一一四条一項に基づく損害額は、左記計算式のとおり、原告Xにつき金六四二万円、原告会社につき金四五五七万円(いずれも金一万円以下切捨て)となる。
5,200万円×(112÷907)=約642万円
5,200万円×(795÷907)=約4,557万円
五 結論
  以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告らに対し、「実用字便覧」の製作、発行、頒布の各行為の差止及び同書籍、その半製品、その印刷に供された器具類等の廃棄並びに各自、原告Xについては金六四二万円、原告会社については金四五五七万円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日(被告Y及び被告会社については昭和五八年一〇月二九日、被告Y1については同年一一月五日であることが記録上明らかである。)から各支払済まで年五分の割合による金員の支払を各求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高橋利文 加藤幸雄)
  裁判長裁判官加藤義則は、転任のため署名捺印できない。
(裁判官 高橋利文)
別紙 書籍目録一・二《略》


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