ビジネス著作権法

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第9章 著作権及び著作隣接権の侵害

第9章 著作権及び著作隣接権の侵害

本章では、著作権や著作隣接権の侵害が成立するための具体的要件について検討することとする。

第1節 著作権侵害の成否

著作権に関する侵害の成否から検討する。

第1 侵害成立の要件

後行著作物が先行著作物の著作権を侵害しているというためには、①先行作品が著作物性の要件を満たしていること、②著作物性の要件を満たす先行著作物が後行著作物において利用されていること、が必要である。①の要件が必要な理由とその具体的要件に関しては、第2章で詳論した通りである。したがって、本章の侵害論においては、「著作物性の要件を満たす先行著作物が後行著作物において利用されていること」という要件の充足性が検討の中心となる。

著作権法は、先行著作物に関しその独占的利用権を付与することによってその著作者の経済的利益の確保を図る制度である。従って、後行著作物が先行著作物を利用しているときにはじめて、先行著作物の著作者の独占的利用権を侵害しているということになる。従って、侵害の成立のためには「先行著作物が後行著作物において利用されていること」が必要となるのは当然である。

そうすると、この要件が充足されるためには、ⅰ)後行著作物が先行著作物に依拠して作成されたものであり(依拠がある)、かつⅱ)後行著作物が先行著作物を利用している(利用がある)ことが必要である。ここでは、利用者に故意又は過失がある必要はない。

尚、侵害の成立要件としては、上記2要件に加え、③その利用方法が、著作権法によって禁止の対象とされている利用方法であること、④その利用に関し利用者が権利処理をしていないこと、⑤その利用が権利の制限規定によって許されるものではないこと、⑥権利が保護期間内にあること、が必要であるが、③の要件については第3章で、④の要件については第5章で、⑤の要件については第7章で、⑥の要件については第8章でそれぞれ解説してきたところである。

以下においては、依拠及び利用の有無について検討する。

第2 依拠があること

1 依拠の必要性

著作権侵害があるというためには、後行著作物が先行著作物に依拠して作成されたものでなければならない。「依拠」とは、先行著作物の表現内容を認識することである。

特許の場合は、先願主義により、特許庁に先に出願し登録を受けた者に特許権が付与され、後に出願した者が先に出願された発明に全く依拠していなくても、後に出願された発明に特許権が付与されることはないし、その発明の実施もできない(絶対的独占権)。

これに対して、著作権の場合は、その権利は相対的なものである(相対的独占権)。すなわち、著作権は、著作物が創作されると何らの要式も必要とせず、創作と同時に権利が発生する(無方式主義)。そして、別人が、この先行著作物と全く関係ないところでこれと同一の後行著作物を創作した場合は、後行著作物の著作者にも著作権が付与される。つまり、先行著作物に依拠することなく、偶然にも同一の後行著作物が創作された場合は、それぞれの著作者が著作権法の保護を受けるのである。また、後行著作物が先行著作物の二次的著作物である場合でも、依拠がなければ、28条の規定にもかかわらず、後行著作物の著作者は先行著作物の著作者に干渉されない全く別個独立の著作権を取得することになる。結局、依拠がなければ先行著作物の利用がないことになって、著作権侵害の問題は生じないのである。

「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件上告審」*1は、「著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうと解すべきであるから、既存の著作物と同一性のある作品が作成されても、それが既存の著作物に依拠して再製されたものでないときは、その複製をしたことにはあたらず、著作権侵害の問題を生ずる余地はない」と判示して、この趣旨を確認している。

*1 最高裁昭和53年9月7日判決(判時906号38頁、判タ371号71頁、民集32巻6号1145頁)

2 依拠の証明の方法

依拠の事実の証明は、先行著作物の表現内容の認識という心理状態の証明であるから、これを直接証明することはできない。従って、依拠の有無は、通常、①先行著作物に対するアクセス又はアクセス可能性があったという間接事実や、②両著作物の同一性又は類似性などから判断されることになる。また、③権利者が意図的に侵害防止情報を挿入するなどしてこれを証明することもある。

(1)先行著作物に対するアクセス又はアクセス可能性の存在

後行著作物を作成する前に先行著作物に対して現実のアクセスがあった場合,又はアクセスの可能性があった場合は,依拠があったと事実上推定することができる。

例えば,著名な楽曲である先行著作物があって,後行著作物の作曲以前にその著作者が先行著作物のCDを購入していた場合,現実のアクセスがあったことになる。また,これを購入していなくても,そのCDが広範囲に販売され,かつその楽曲がテレビ放送などされていた場合は,アクセスの可能性があったことになる。そして、こうしたアクセス又はアクセス可能性があれば、依拠があった(先行著作物の表現内容を認識していた)と事実上推定することができる。

その結果,後行著作物の著作者が、それでも依拠がなかったというためには、CDを購入していたにもかかわらず,あるいは放送されていたにもかかわらず,これを聴いていなかったなどという反証を行なうことになるであろう。

(2)同一性、又は類似姓の存在

後行著作物が先行著作物と偶然に同一又は類似なものになった場合は著作権侵害にはならないが、現実の社会においてこうしたことが発生する確率はそれほど高くない。

まず、先行著作物と後行著作物が寸部違わず同一であれば、この事実だけからして依拠が証明されよう。また、類似しているにすぎない場合でも表現の一致する割合が多いとか、同様の表現をとらなければならない必然性がないにもかかわらずこれが一致しているといった事情がある場合は、そうした同一性又は類似性が依拠を推認させるものとなる。

尚、先行著作物と後行著作物の同一性又は類似性に関しては、本節3「保護範囲」においてもその同一性又は類似性が検討されることになるが、両者は異なる概念である(田村概説51頁)。保護範囲においては、著作物性を基礎づける創作性のある表現部分の同一性又は類似性が検討されるが、依拠の判断においてはそうした部分に限定されることはなく、たとえば創作性のない部分やアイデア・データにおける類似性であっても、依拠を基礎づける場合がある。

(3)意図的な侵害防止情報の挿入

共通の誤記やバグなども依拠を基礎づけることになるが、これを権利者が意図的に挿入し、依拠の証明手段とすることもある。

3 依拠に関する裁判例

依拠に関する裁判例を見ておく。

① どこまでも行こう事件控訴審*2

「記念樹」(以下、「乙曲」という。)という楽曲が、「どこまでも行こう」(以下、「甲曲」という。)の著作権を侵害してるとして争われた事案であるが、大要次のように判示をして、依拠を肯定している。

ⅰ)アクセス又はアクセス可能性について
甲曲は、昭和41年にブリヂストンのテレビコマーシャルとして公表され、昭和42年にはシングル版レコードとして発売されたが、このフォーク調のCMソングはたちまち若者の間にひろがり、その人生応援歌的な歌詞は中年層にも共感をよんで今でも歌いつがれている。その楽譜は、多数のコマーシャルソング集や歌集に掲載されている外、小中学校の教科書にも継続的に掲載されている。さらに、ブリヂストンは、少なくとも昭和55年ころまでは、甲曲の様々なバリエーションをコマーシャルソングとして継続的に使用してきたことが認められるので、アクセス又はアクセス可能性を肯定することができる。
ⅱ)同一性又は類似性について
甲曲と乙曲の旋律の顕著な類似性、とりわけ、全128音中92音(約72%)で両曲は同じ高さの音が使われているという他に類例を見ない高い一致率、楽曲全体の3分の1以上に当たる22音にわたって、ほとんど同一の旋律が続く部分が存在すること、乙曲は反復二部形式を採用しているものの、その前半部分と後半部分に見られる基本的な旋律の構成は、甲曲の起承転結の構成と酷似していること、他方、甲曲程度の比較的短い楽曲であっても、その旋律の組立てにはそれ相応の多様な創作性の余地が残されており、以上のような顕著な類似性が、偶然の一致によって生じたものと考えることは著しく不自然かつ不合理といわざるを得ない。そうすると、このような両者の旋律の類似性は、甲曲に後れる乙曲の依拠性を強く推認させるものといわざるを得ない。

*2 東京高裁平成14年9月6日判決(判時1794号3頁、判タ1110号211頁)

② 33歳からのぐうたら健康法事件*3

後行書籍が、健康法に関する先行書籍の著作権を侵害しているとして争われた事案であるが、判旨は、同一性又は類似性に関し、同一の統計や医学知識に基づいて同趣旨の思想を表現するとしても、他に多くの異なった表現があり得、先行書籍に掲載されたような表現を採らなければならない必然性もないのに、同一もしくは類似のものとなっており、これらの表現は偶然または必然的に類似したものということはできないとして、依拠を肯定している。

*3 東京地裁平成7年5月31日判決(判時1533号110頁、判タ883号254頁)

③ 前掲ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件上告審

「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」(以下、「乙曲」という。)という楽曲が、先行楽曲(以下、「甲曲」という。)の著作権を侵害しているとして争われた事案であるが、大要次のように判示をして、依拠を否定している。

ⅰ)アクセス又はアクセス可能性について
甲曲は、わが国においては音楽の専門家又は愛好家の一部に知られていただけで、音楽の専門家又は愛好家であれば誰でもこれを知つていたほど著名ではなく、他方、乙曲の著作者は、内外のレコード、楽譜の厖大な量のコレクシヨンがある放送局に勤務し、レコード係や音楽番組を含むテレビ番組の企画製作を勤めていたが、乙曲を作曲した当時甲楽曲の存在を知つていたとしなければならないような特段の事情はないので、作曲以前に甲曲に接していたことはもちろん、甲曲に接する機会があつたことも推認し難い。
ⅱ)同一性又は類似性について
甲曲と乙曲とを対比すると、動機を構成する旋律において類似する部分があるが、右類似部分の旋律は、いわゆる流行歌においてよく用いられている音型に属し、偶然類似のものがあらわれる可能性が少なくないうえ、乙曲には甲曲にみられない旋律が含まれているので、依拠を事実上推認させる同一性又は類似性があるとはいえない。
④ 用字苑・実用字便覧事件*4

先行著作物である字典の著作者があえて誤植を入れたりしていた事案であり、判旨はこれを根拠の一つとして依拠を肯定している。

*4 名古屋地裁昭和62年3月18日判決(判時1256号90頁)

4 依拠があるといえるための認識の内容

依拠があるといえるための心的状態としては、表現内容の認識で足り、利用の意思までは不要であると解すべきである*5。したがって、無意識の依拠でも「依拠」が肯定される。

前掲「どこまでも行こう」事件において、乙曲の著作者は、自分が十分な経験と実績を有する作曲家であり、乙曲のような簡素な16小節の楽曲を制作するのに造作はなく、曲想のかけ離れた甲曲をわざわざ参考にする必要性がないし、何ら利のないことをする必然性や動機もないし、また、日本作編曲家協会会長、社団法人日本音楽著作権協会理事、日本レコード大賞実行委員長、東京音楽大学客員教授等を歴任し、経験と実績のある作編曲家として高く評価されているといった依拠を否定すべき間接事実を主張・立証している。実際乙曲の著作者には、利用の意思はなかったと思われる。

これに対して、判旨は、乙曲の著作者は、甲曲に依拠しつつも、自らの創作的な表現を盛り込むことによって甲曲の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しない別個独立の楽曲である乙曲を作曲したと考えていたところ(利用の意思はなかった)、結果的に、甲曲の表現上の本質的な特徴の同一性を損なうほどの創作的な表現が乙曲に盛り込まれなかったために、法的には甲曲に係る編曲権の侵害を生じた(無意識に甲曲を利用してしまった)という事態は、乙曲の著作者の上記経歴を考慮してもなお起こり得ることであるといい、乙曲の著作者の上記主張及びこれにそう証拠は、それ自体として、依拠性を否定すべき十分な根拠を有するものではないと判示している。これは、無意識の依拠でも依拠があることを肯定したものであろう。

*5 西田美昭「複製権の侵害の判断の基本的考え方」知的財産関係訴訟法127頁は、利用の意思を要件とする。また、同130頁は、無意識の依拠は依拠ではないという。斉藤博「判例批評」民商法雑誌81巻2号237頁も同旨か。

第3 著作物の利用があること(保護範囲)

1 保護範囲と利用(同一性又は類似性)の有無

依拠が肯定されたとして、次に、後行著作物において先行著作物が利用されているかどうかが検討されなければならない。これは、後行著作物と先行著作物の同一性又は類似性の有無の検討といってもよい。

そして、後行著作物において先行著作物が利用されているというためには、後行著作物において、先行著作物の中の著作物性を備えている表現の利用(その表現との同一性又は類似性)があってはじめて著作権侵害の根拠となる利用があることになる。なぜなら、先行著作物に独占的利用権が付与されるのはそれが著作物性を備えているからであって、従って、保護されるべきは先行著作物のうち著作物性を備える範囲ないし部分であり、かつその限度であって、先行著作物のそれ以外の範囲ないし部分に独占的利用権が付与される理由はないからである。

ところで、著作物性の要件は、以下のとおりである(第2章第1節参照、文芸等要件は省略)。

① 思想・感情要件

思想又は感情の表現である必要があり、事実やデータはもちろんのこと、事実の羅列やデータの集合体も保護されない。

② 創作性要件

表現に創作性が必要であり、慣用的表現やありふれた表現は保護されない。

③ 表現要件

表現されたものであることが必要であり、アイデアは保護されない。

著作物性の要件が上のようなものであるから、例えば、後行著作物が先行著作物に記載された事実の羅列やデータの集合体を利用しても著作権侵害はない。先行著作物のありふれた表現や慣用的表現を利用する場合も同様である。また、先行著作物のアイデアを利用しても著作権侵害はない。逆にいうと、先行著作物の思想・感情部分で、創作性があってかつ表現と評価される部分だけが保護されるのである。そして、これを先行著作物の保護範囲という。ただ、後行著作物において先行著作物の保護範囲に含まれる部分が利用されている(こうした部分が同一又は類似である)限り、デッドコピーでない場合や外面的な具体的表現が同一でない場合でも著作権侵害になる。

結局、侵害論での作業は、先行著作物の保護範囲を画定し、後行著作物においてその保護範囲にある部分の利用があるかどうかを判断する作業ということになる。そして、この作業は、他方で、先行著作物の保護範囲を限定して、後行著作物の創作者の自由な創作活動を保障するための作業でもある。

「江差追分事件上告審」*6は、「著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから、既存の著作物に依拠して創作された著作物が、思想、感情もしくはアイデア、事実もしくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性のない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、翻案にあたらないと解するのが相当である。」と判示しているが、これも上記説明と同じ趣旨である。

*6 最高裁平成13年6月28日判決(判時1754号144頁、判タ1066号220頁)

侵害の有無の検討の方法

侵害の有無を検討するときの、問題設定の方法(道具概念の使い方)には三種類の方法がある。

まず、上述のように、後行著作物が先行著作物の保護範囲にある部分を利用しているかどうかという観点で侵害の有無を判断する方法である。

次に、後行著作物が先行著作物の保護範囲にある部分と同一又は類似かという観点から侵害の有無を判断する方法である。どこまでの模倣が許され、どこからが禁止されるかという観点である。同一性がある場合を複製権侵害とし、類似性がある場合を翻案権侵害とするのが一般である。

三番目は、端的に、後行著作物が先行著作物の複製又は翻案かという観点で侵害の有無を判断する方法である。複製が権利侵害となるのは当然であるが、翻案も原著作物の著作者の権利を侵害するものであるし(27条)、また、翻案によって創作された二次的著作物には原著作物の著作者の権利が及ぶから(28条)、翻案物の利用は著作権侵害を構成する。そこで、侵害の有無を複製又は翻案があるかという観点で検討するのである。

ただ、いずれの場合も検討されるべき内容は同一であって、道具概念の立て方が異なるにすぎないものである。従って、以下においては、適宜、適当な問題設定の方法をとることにする。

尚、侵害の有無の判断においては、複製か翻案かの区別は重要でない(田村概説47及び58頁)。なぜなら、いずれにしても著作権侵害(複製権又は翻案権侵害)になるからである。

2 侵害の有無に関する判断基準

侵害の有無を決定するに際して考慮されるべき要素や問題設定の方法は上の通りであるとしても、重要なのは、その具体的判断基準である。ここでは、思想・感情と事実の区別、表現とアイデアとの区別及び創作性の有無の判断を行って先行著作物の保護範囲を決定し、保護範囲にある部分の利用があるかどうか(後行著作物がその部分に関して同一又は類似か)を具体的に判断しなければならない。

以下において、各著作物ごとに、具体的な判断基準を検討する。

3 言語著作物の保護範囲

言語著作物に関する保護範囲に関し、先行著作物として以下の例をとって検討する。

  • ある女性が,妻のある男性と不倫の関係になり,愛をはぐくむも,男性の家族の知るところとなり,二人はその愛を貫くために心中するという小説(フィクション)、歴史小説やドキュメンタリー(ノンフィクション)又は新聞記事(事実を伝達)
(1)フィクション

小説は主題(テーマ)、設定(題材)、構成、ストーリー(筋)、プロット(運び)、具体的な文章表現などの要素から成り立っているが、これらの要素のうちどのレベルまでが保護されるのであろうか。逆にいえば、どのレベルまでの利用があったときに侵害となるのであろうか。ここでは、表現とアイデアの区別が問題になる。すなわち、言語表現の内容を抽象化すればアイデアに近づくが、先行著作物の利用の程度もしくは範囲には以下のようなレベルがある。

  • レベル1 先行著作物と具体的な文章表現が一字一句同じである小説、いわゆるデッドコピーの場合
  • レベル2 不倫の関係になり,愛をはぐくむも,最後には男性の家族の知るところとなり,二人はその愛を貫くために心中するという主題、設定、構成、ストーリー、プロットなどの詳細が同一であり、ただ具体的な文章表現は異なる場合
  • レベル3 主題、設定、構成、ストーリーが同一であるが、具体的なプロットと文章表現が異なる場合
  • レベル4 不倫という主題が同一であり、設定、構成及びストーリーが大筋で同一の場合
  • レベル5 不倫という主題は同一であるが、設定、構成及びストーリーは相当程度異なる場合

このように,言語表現は,抽象化すればするほどアイデアに近づくことになるが、侵害の成否は、表現とアイデアの境界をどこに設定するかにかかることになる。具体的言語表現のみを表現であるとすると、小説などの保護範囲は極めて限定されたものになる。逆に、主題と大枠としての設定、構成及びストーリーが表現であるとすれば、保護範囲はきわめて広範なものになり、同様の主題を扱おうとする後行著作物の創作者はきわめて窮屈な創作活動を強いられることになる。

この点に関し、著作権法は、原著作物の脚色、映画化の権利を著作者に付与している(27条)。そうすると、例えば小説を脚本にし、またこれを映画化する場合、原著作物と脚本もしくは映画との間においてはレベル4での同一性又は類似性しかないのが通常であるから、著作権法はレベル4まで原著作物の保護範囲である表現としていることになる。

この範囲は相当に広い。これは、設定、構成及びストーリーが著作者の創作にかかるものであるからである。ただ、結果としては、日常用語として使われる「表現」や「アイデア」の意味を前提にすると、著作権法はアイデアを保護しないといいながら、実際にはアイデアの領域まで保護しているということになる。ただ、ここで著作権法の大原則を曲げるわけにはいかないから、小説などのフィクション著作物の場合の「表現」とは、レベル4までのものを「表現」いうと解釈することになる。

そうすると、後行著作物の主題、設定、構成及びストーリーが先行著作物のそれと大筋で同一である場合は、侵害となる。

裁判例をみる。

① 「ぼくのスカート事件」*7

後行著作物であるテレビドラマとその脚本が、先行著作物である「ぼくのスカート」という脚本の翻案権を侵害したか否かが争点となった事案である。

先行著作物の著作者は、両者は、ゲイ・バーに勤める女装の主人公が、昔の主人公をよく知っている副主人公の年輩の男性と出会い付き合うが、主人公が本当は男性であることを副主人公が知ることなく別れるとの部分において共通しており、また、主題(テーマ)、題材、ストーリー(筋)、プロット(運び)及び構成において類似していると主張した。

判旨は、i)後行著作物には先行著作物の要になる部分に対応する部分がないこと、ii)ストーリー展開の相違、iii)基本的な性格の違い、iv)表現方法の相違(会話中心か、モノローグ中心か)などを理由に類似性を否定した。ここでは、「両作品に接する者の中には、いずれか一方の作品に接したときに他方の作品の存在を思い浮かべる者がいるかもしれない。しかしながら、本件のようなドラマやその脚本においては、主題、ストーリー、作品の性質等の基本的な内容が類似することを要するというべきであって、単に抽象化された設定が同一ないし類似であったり、単に、一方の作品に接したときに他方の作品を思い浮かべるといった程度では、翻案したものということはできない」と判示している。

本件は、抽象的なレベルでの設定(題材)が共通しているものの、他の点に共通点はない。設例の基準ではレベル5程度のものであり、侵害は否定されることになろう。

*7 東京地判平成6年3月23日(判時1517号136頁、判タ875号267頁)

② 先生、僕ですよ事件*8

「先生、僕ですよ」という短編漫画と「地獄のタクシー」というテレビドラマの脚本間の翻案権侵害が争われた事案である。

先行著作物(漫画)は、主人公の医師が、笑顔で麻酔もせずにモルモットの解剖をしたり、笑顔でモルモットの首を切り落とすなど、実験動物を残虐に扱っていたところ、その主人公が、そのモルモットに、逆に解剖され、殺されるという設定である。

後行著作物(ドラマ)は、主人公の医師が、部下の医師の意見も聞かずに患者の脚を切断したり、実験用のネズミを薬を注射して殺したりする、医師のモラルを忘れ、人間や動物の命を軽視する傲慢な医師であるところ、その主人公が、かつての患者の亡霊から心臓を返すよう迫られたり、ネズミに脚を切断され、最後に地獄へ行くタクシーに乗せられて去っていくという設定である。

判旨は、ストーリーの流れ等を検討した上で、ネズミが人間のような姿になって手術をするという話自体はアイデアであるといい、ストーリーの流れも、具体的な表現を捨象した粗筋を見れば、主人公が非現実の世界に入り込み、そこで等身大化したネズミから手術をされるという点で同じであるが、右粗筋を具体的に表現したところは大部分は異なっているとして、侵害を否定した。

これも、テーマないし、かなり抽象的なレベルでの設定が同一であるにすぎず、設例の基準ではレベル5程度のものである。侵害なしとする判断は適正であろう。

*8 東京地裁平成10年6月29日判決(判時1667号137頁、判タ992号256頁)

③ 悪妻物語事件*9

後行著作物(テレビドラマとその脚本)である「悪妻物語」が、先行著作物(ルポタージュ)である「目覚め」の翻案権を侵害したか否かが争われた事案である。両者の前半部分は、設定、ストーリー(筋)、プロット(運び)が非常に類似しているが、後半部分は全く逆の展開になる。その結果、主題(テーマ)は、正反対のものとなっている。

「目覚め」は、会社勤務の夫が海外赴任を命じられたので妻も夫に同行することを願うが、会社の方針により許されない。しかし、妻がこれを強行し、夫の後を追って行きそうだと知った会社は、単身赴任の慣行を維持しようとして夫に帰国命令を下す。これによって、妻は夫を取り戻すことになるが、その間には亀裂が生じ、離婚するに至るというものである。これに対して「悪妻物語」は、会社が夫に帰国命令を出すところまでは同一であるが、後半は、妻と妻を説得するため一時帰国した夫との間に溝ができかけるが、妻はよい妻になろうと決意し、夫の単身赴任先に同行しようと大騒ぎしたことを夫に謝り、妻と和解した夫は、再度単身赴任するというものである。前者のテーマは、単身赴任を否定的に評価し、その是正を求める妻の行動を肯定的に描いたものであるが、後者のそれは、そのタイトルからもわかるように悪妻という評価の下に描くものである。

判旨は、本件テレビドラマは、前半の基本的ストーリーやその細かいストーリーが先行著作物と類似し、また具体的表現も共通する部分が存するものであり、後半の基本的ストーリー等において相違点があるにもかかわらず、先行著作物を読んだことのある一般人が本件テレビドラマを視聴すれば、本件テレビドラマは、先行著作物をテレビドラマ化したもので、テレビドラマ化にあたり、夫の帰国以後のストーリーを変えたものと容易に認識できる程度に先行著作物における特徴的・個性的な内容表現が失われることなく再現されているものと認められるから、本件テレビドラマは先行著作物の翻案であると認めるのが相当であるとしている。

テーマという最も抽象的な部分で両者は相違するものの、後行著作物の前半部分は、先行著作物とプロットまで同一(具体的表現まで同一のところがある。)であって、先行著作物の利用があることは明らかである。設例の基準では、前半部分はレベル1乃至2であって、侵害は肯定されてよい。

*9 平成8年4月16日(知裁集28巻2号271頁、判時1571号98頁)。尚、原審の東京地裁平成5年8月30日(知裁集25巻2号310頁、判時1571号107頁)も同旨である。

④ スマップ・インタビュー記事事件*10

芸能人スマップのメンバーに対するインタビュー等を内容とする記事を掲載した先行雑誌と先行雑誌の記事を参考にした記事を内容とする後行書籍間の翻案権侵害が争われた事案である。

*10 東京地裁平成10年10月29日(判時1658号166頁、判タ988号271頁)

そこでの記述は、下記対照表の通りである。

先行著作物 後行著作物
甲第二号証の一
(JUNON 93年3月 159頁2段3行~10行)
ただただ友達と遊んで毎日を過ごして、やりたいことや将来のことなんて考えてなかった。夢とか希望も特になくてさ。だから中2のとき、友達と一緒にジャニーズ事務所に履歴書送ったときも、絶対スターになりたいって思って応募したわけじゃないんだよね。「芸能人に会えるし、タダで海外に行けるし、大磯ロングビーチにも入れるぜ」みたいな(笑)、

(13頁2行~9行)
クラスの連中が勉強、進学、将来のことを考え始めている時期にさしかかっていたが、彼はやりたいことや将来のことなど全く頭にはなかった。夢や希望も特に持っているというわけではなく、何となく見た雑誌に載っていたジャニーズのオーディションに友達と冗談半分で履歴書を送ったのも本当に軽い気持ちだった。
「芸能人にも会えるし、タダで海外にも行けるし、大磯ロングビーチにも行けるかもしれないぜ」
と、素人なら誰でも純粋に思うことが理由であり、″絶対スターになりたい!″という気持ちはサラサラなかったようだ。
甲第2号証の1
(JUNON 93年3月 159頁1段14行~31行)
うち、男3人兄弟でさ。上の2人が男だったから、オヤジもオフクロも3人目は絶対女の子が欲しかったんだって。でも、生まれてみたらまた男。それでもあきらめきれなくて、僕に女の子の格好をさせたってわけ。だから子供の頃の写真見ると、僕、スカートはいてるんだよね(笑)。まあ、小さいときのことだからそんなによく覚えてないけど、パンダのついたかわいいトレーナーとか記憶に残ってるよ。

それに、物心ついてからも、そのなごりがあってさ、運動会みたいな何かの行事があると、オフクロが赤い靴下を履いて行かそうとするんだよ。その頃は、男なのに赤い靴下なんて恥ずかしくて、すごく困った。
そんな感じだったから、オフクロが買ってきた洋服じゃ気に入らなくって、小学生の頃から自分で買いに行ってたんだ。


(19頁9行~20頁5行)
中居家は三人兄弟だが、上の二人が男だったために今度こそは絶対女のコが欲しいという両親の願望も虚しく、生まれてきたらまた男。それでもあきらめきれない母親は彼に女のコの格好をさせることを思いついた。
トレーナーはパンダや花柄のプリントがされているもの、帽子は野球帽ではなく、丸い形の可愛らしいベレー帽、もちろんズボンではなくスカートをはかせた。
物心ついてからもそのなごりは消えず、運動会、遠足と何か行事があるたびに母親は赤い靴下をはいて行かせようとし、

″男なのに赤い靴下なんて恥ずかしくて履いていけないよ″と内心うんざりしていたのだ。
そんな感じだったために、母親が買ってくる洋服は全部気に入らず、小学生の頃からはお金を貰って自分で買い物に行くようになる。

先行著作物は、スマップのメンバーに対するインタビューの内容を記事にしたというよりも、これらを素材又はヒントにして記事内容を創作したものであり、フィクションとして分類されるべき性格のものである。

判旨は、対照表記載の後行著作物の記述を先行著作物の記述の複製(翻案ではなく)であるとしている。記載内容及び具体的表現もほぼ同様であって、設例の基準では、レベル1に近いものである。複製という判断は適当であろう。

(2)ノンフィクション

次に、ノンフィクションの場合を見る。

史実などの事実を取扱った先行著作物の保護範囲に関しては、フィクション著作物の場合の基準をそのまま適用することはできない。史実などの事実にしたがった設定、構成及びストーリーというものは事実であって思想・感情要件を満たさないので、保護の範囲外である。そうすると、後行著作物において、先行著作物の史実などに従った設定、構成及びストーリーの利用がある(この部分が同一又は類似する)からといって著作権侵害になるわけではない。

従って、ノンフィクション著作物の保護の範囲は、設例の基準ではレベル2ないし3(レベル2に近い)の範囲となる。

裁判例をみる。

① 春の波濤事件*11

先行著作物は実在の人物を扱った「女優貞奴」という書籍であり、後行著作物は同じ人物を扱った「春の波濤」という題名のドラマであるが、翻案権侵害の有無が争われた事案である。

判例は、「歴史上の事実又は既に公にされている先行資料に記載された事実に基づく筋の運びやストーリーの展開が同一であっても、それは、著作物の内面形式の同一性を基礎付けるものとは言えない。」といい、「本件ドラマ中には、原告作品と部分的に基本的な筋が同一であると見られる箇所が存在する(例えば、音二郎が書生演劇を興すまでの経緯、川上一座のアメリカ巡業、帰国後貞奴が女優として活躍する状況等)が、同一と見られる箇所は、いずれも歴史上の事実であって、原告の創作に係るものとは言えないから、原告作品と本件ドラマの内面形式の同一性を基礎付けるものとは言えない。」と判示し、翻案権の侵害を否定している*12

設例の基準ではレベル4程度のものであるから、翻案権の侵害は否定されるべきである。

*11 名古屋地裁平成6年7月29日判決(判時1540号94頁、判タ971号234頁)、名古屋高裁平成9年5月15日判決(地裁判決と同旨、判タ971号229頁、知裁集29巻2号467頁)

*12 この判決は、著作物の要素を、「外面的形式」(著作者の思想を文字、色、音など他人によって知覚され得る媒介物を通じて客観的存在たらしめる外部的構成)、「内面的形式」(外面的形式に対応して著作者の内心に一定の秩序をもって形成される思想の体系、基本となる筋、仕組み、主たる構成)、「内容」(アイデア、思想)に分け、「内容」は著作権によって保護されず、「外面形式」の利用が複製に当たり、「内面形式」の利用が翻訳、編曲、翻案に当たるという理論を前提にするものである。判例や学説にはこうした理論を前提に複製又は翻案の有無を検討するものも見られるが、裁判例としてはそう多くない。本判例が上記理論を説く代表判例である。

② 大地の子事件*13

先行著作物は、国民党軍の支配下にあった長春を中国共産党軍(八路軍)が包囲して兵糧攻めにするという状況下で、当時七歳であった著作者本人が、長春を脱出するまでの数日間の凄惨な状況と戦争下での苛酷な体験を基礎に、歴史的な事実として(フィクションを交えないドキュメンタリーとして)著作されたものである。

後行著作物は、八路軍(共産党軍)による長春包囲下での惨状の下で、主人公ら一家がなんとか長春を脱出するという記述において、先行著作物と類似する史実に基づく小説である。

判旨は、「両者は、大まかな筋において、共通又は類似するが、当時長春に残った者が長春包囲の下での惨状に直面し、脱出行の過程でチャーズに入り過酷な体験をするということは、体験者に共通したいわば一つの歴史的事実ともいうべきもので、その歴史的事実に沿った範囲内で基本的あらすじが類似しているからといって、そのことだけで先行著作物の創作性を有する本質的特徴部分を感得するほどに共通していると解することはできない。かえって、両者は、ストーリー展開、背景及び場面の設定、人物設定、描写方法等の相違点があることを総合勘案すると、後行小説中の該当部分は、先行著作物中の該当部分を翻案したものということはできない。」といい、「ノンフィクションの性格を有する著作物において、先行著作物において記述された歴史的な事実を、素材として利用することについてまで著作者が独占できる(他者の利用を排除することができる。)と解するのは妥当とはいえない。」と判示している。

この事案も、設例の基準ではレベル4程度のものであるから、翻案権の侵害は否定されるべきである。

*13 東京地裁平成13年3月26日判決(判時1743号3頁、判タ1056号120頁)

③ ソニー社葬記事事件*14

先行著作物がソニーの最高相談役の葬儀の様子を記述した連載記事であり、後行著作物は同相談役を題材にしたノンフィクションの書籍である。後行著作物は先行著作物の複製又は翻案かが争われた。その記述は、下記対照表記載の通りである。

*14 東京地裁平成12年12月26日(判時1753号134頁、判タ1079号275頁)

先行著作物 後行著作物
会葬者の数は、メーン会場だけで千八百人。政界では中曽根康弘、宮沢喜一、海部俊樹、羽田孜の総理大臣経験者、財界では石川六郎(日商、東商名誉会長)、平岩外四(経団連名誉会長)、電機業界では松下正治(松下電器産業会長)、関本忠弘(日本電機会長)といった人たちの顔が見えた。そのほか、隣室でも、千五百人を超える人々がカラープロジェクションとカラーモニターを通して葬儀に参加した。 主会場には政界から中曽根康弘、宮沢喜一、海部俊樹、羽田孜の歴代総理大臣経験者が、財界からは石川六郎日本商工会議所名誉会頭(元日商会頭)、平岩外四経団連名誉会長(元経団連会長)などが、同じ電機業界からは松下正治・松下電器産業会長や関本忠日本電気会長などが参列した。隣室では、主会場に入りきれなかった会葬者たちが、カラープロジェクションやカラーモニターに見入りながら、井深氏の冥福を祈った。
葬儀の形式は井深が敬虔なクリスチャンだったので、キリスト教スタイルだったが、宗教色のさほど強くない「映像と音楽による葬儀」だった。 井深氏は敬虔なクリスチャンだったが、葬儀の形式それ自体は宗教色のあまり強くなく、むしろAVメーカー「ソニー」を育てた井深氏に相応しい「映像と音楽」で彩られていた。
午前十一時五十五分の献灯で式が開始された。(中略)
時計の針が正午を指したとき、ショパンの「葬送行進曲」が流れ始めた。祭壇の左隅に置かれたグランドピアノを使った演奏である。桜井はピアニストを紹介しなかったが、演奏したのは大賀夫人の緑だった。
午前十一時五十五分、献灯で式が始まった。
正午と同時に、祭壇の左隅に置かれたグランドピアノからショパンの「葬送行進曲」が流された。演奏者は、葬儀委員長を務めるソニー会長大賀典雄の夫人、緑である。
葬送行進曲とともに、制服姿のボーイスカウト日本連盟の隊員たちに守られて、子息の亮の胸に抱かれた井深の遺骨が入場、祭壇一番上に安置された。黒い布で覆われ、十字架をかけられた遺骨を納めた箱は、それを見下ろすように飾られた大きな遺影のなかの井深自身の手のひらにすっぽり入る大きさであった。 葬送行進曲とともに、制服姿のボーイスカウトの少年隊員に先導された格好で、長男・亮の胸に抱かれた井深氏の遺骨が入場してきた。(中略)
遺骨を納めた箱は、歳祭壇の一番上に安置された。骨箱は黒い布で覆われ、十字架がかけられていた。それを見下ろすかのように、微笑む井深氏の大きな遺影が飾ってあった。遺影の中の井深氏は、首を少し左側に傾げ、左手を頬に添えていた。
正面祭壇に飾られた井深の遺影は、首を少し左側にかしげ、頬づえをつくように左手を頬に添えて微笑んでいる。

利用の程度(類似の程度)はレベル1ないし2であって、同じ出来事を扱ったノンフィクション著作物であることを前提にしても著作権侵害になるかのようにも見える。

判旨は、両者は、いずれもソニー最高相談役の葬儀という同一の歴史的事実を対象として、これを客観的に記述するという内容・表現態様の論稿であるから、記述された内容が事実として同一であることは当然にありうるものであるし、さらに先行著作物の記述の大部分は、葬儀という事実を伝えるにあたって、いかなる者が記述しても同様な表現にならざるをえないような慣用的表現ないしありふれた表現により記述されたものであり、また創作性がある部分は、後行著作物の対応部分には当該創作的表現部分は用いられていないと判示し、侵害を否定した。

両著作物はソニー相談役の葬儀という同一事実(史実よりもさらに特定かつ限定された事実である)を扱うものであり、しかも下記対照表に記載された部分は、葬儀への出席者、葬儀の内容及び進行状況を客観的な事実として記述した部分である。そのような場合、事実を客観的に伝えるための表現方法は限定され、その結果誰が書いても同一となるような慣用的又はありふれた表現にならざるをえない場合が多くなる。その場合、その慣用的又はありふれた表現部分に関しては創作性が否定されるので、当該表現の利用があっても(当該表現が同一又は類似でも)侵害にはならないことになる。

従って、本事案では、先行著作物の利用の程度はレベル1に近く、かなりの限界事例ではあるものの、侵害を否定した判例の結論は正当であろう。

(3)新聞記事

事実の伝達を目的とする新聞記事も一般に著作物性は肯定される(第2章第3節2参照)が、これも究極のノンフィクションという性格をもつ著作物であり、伝達される事実についての同一性は侵害を肯定する理由にはならない。伝達される事実は、特定されているので、設例の基準では、レベル1ないし2(1に近い)の範囲が保護範囲であると考えるべきである。

「コムライン・ディリー・ニュース事件」*15では、先行著作物は新聞記事であり、後行著作物はこれを要約し、英語に翻訳した記事であり、翻案権侵害が争われた事案である。新聞記事と要約・翻訳記事の一例は、下記のようなものである。

*15 東京地裁平成6年2月18日(判時1486号110頁、判タ841号235頁、知裁集26巻1号114頁)

例1

(先行著作物)

  • 日経産業新聞(平成3年2月5日付 5頁)

    ▽ガン手術後の経過予測―京大【A】教授らが判定方法開発 リンパ球の抗ガン力測定―

    京都大学放射線生物研究センターの【A】教授らは初期の肺ガンの切除手術を受けた患者が完治に向かうか、それとも芳しくない経過をたどるかを予測する方法を開発した。

    患者から取り出した免疫反応の主役であるリンパ球のガン細胞殺傷能力を測定する手法で、5月に米国で開かれる米国ガン学会で発表する。肺ガン以外でも有効とみられ、手術後の治療法の選択や抗ガン剤の効果を判定するのに大いに役立ちそうだ。

    【A】教授によると、判定の方法はまず、ガンの切除手術の直前に採取した血液からリンパ球を分離。これを手術で摘出されたガン組織の細胞と6時間反応させ、ガン細胞に対する殺傷能力を調べる。同教授らは①ガンの大きさが3センチ以下②全身の他の個所に転移がない③手術で目に見えるガンが完全に切除できた――など同一条件の肺ガン患者50人にこの検査を実施。ガン細胞を10%以上殺したグループと、それ以下のグループに分け5年間追跡調査した。

    10%以上殺傷したグループは計27人で、うち4人は3年以内に死亡した。しかし、残る23人はガンが完治したと見なされる5年以上生存。最長生存者は10年以上に達した。ガンの再発や転移があった患者は1人もなかった。

    一方、10%以下の殺傷力しかなかった23人の患者は、いずれも手術から1年半以内にガンの再発や転移が発生。化学、放射線療法などさまざまな治療が試みられたが、3年半以内に全員が死亡したという。

    【A】教授は「手術時に自分の寿命が分かってしまうだけに、患者に伝えるかどうかは配慮が必要だ。しかし手術前後にガンを殺す能力が高まるようリンパ球を刺激することで、ガン克服の道が開けるのではないか。肺ガン以外でも適用できると思う」と話している。

(後行著作物)

  • コムラインニュースサービス(週刊)
    バイオ技術・医療技術
    1991年2月6日~12日

    ▽肺ガン切除患者の予後を予想する検査法を開発

    京都大学放射線生物センターの【A】教授は、肺ガンの早期切除手術を受けている患者の予後を予想する簡単な検査法を開発した。

    【A】の検査法は、手術の前に採取した血液からリンパ球を分離し、これを切除された肺ガンの細胞に約6時間混合させる。

    【A】によると、ガン細胞を殺すリンパ球の能力は、患者の生存の見込みを予示する。実験では、【A】はガンの外傷が3ミリ以下で転移がない50人の肺ガン患者の予後を予測する検査法を用いた。

    27人の患者の検査の結果、彼らのリンパ球が10%以上のガン細胞を殺したことがわかった。5年間の追跡調査の結果、27人の内の4人のみが手術後3年以内に死亡したが、残りの23人の患者は5年以上生存したことがわかった。10%以下のガン細胞しか殺せなかったリンパ球を持っていた患者のすべては、化学・放射線療法などを受けていたにもかかわらず、手術後3年以内に死亡している。

    【A】は、検査結果は手術後の最高の治療法の決定と抗ガン剤の効果の評価に有益であると述べている。この検査法は、その他のいくつかのガンの種類にも用いることができる。

    問い合わせ:
    出典:1991年2月5日付日経産業新聞5頁

例2

(先行著作物)

  • 日本経済新聞(平成3年1月30日付 1頁)

    ▽債務1,500億円圧縮計画―飛島建設,不動産を売却―

    飛島建設は3,700億円を超える借入金のうち1,500億円の圧縮に乗り出す。93年3月までに販売する予定の不動産の代金回収を急ぐ。

    不動産事業への過大投資による借入金の増大に加え,16日に和議申請したナナトミ(本社東京,【C】氏)に総額1,200億円にのぼる債務保証,貸し付けが明らかになっていた。今後ナナトミの債務の一部を肩代わりする可能性が高く,思い切った減量に踏み切ることにした。支援の姿勢を示しているメーンバンクの富士銀行に債務圧縮計画を示し,細部を検討する。

    飛島建設の90年9月中間期末の借入金残高は3,730億円。建設会社は売上高の2割程度までが適正な借入金といわれているが,同社の場合,91年3月期売上高見通しの4,550億円の8割に達する。このほか藤田観光株を取得するために関連会社の飛島リースに貸し付けた約300億円など,グループ企業への融資も膨らんでいる。

    主な売却物件は5年前にスタートした開発事業で購入した土地などの不動産。売却先がほぼ決まっている物件が多く,早めの資金回収が可能としている。しかし,不動産市況が悪化しているため,売却は難航が予想される。ナナトミの和議の進行状態によっては,飛島建設が肩代わりする債務が膨れ,不動産圧縮をさらに拡大する必要に迫られる可能性もある。

(後行著作物)

  • コムラインニュースサービス(週刊)
    東京ファイナンシャルワイヤ
    1991年1月30日~2月5日

    ▽飛島建設,不動産の大型処分を検討

    建設大手の飛島建設はメインバンクの富士銀行に対して2年間で約1,500億円の不動産を売却する計画を提出した。その売却代金をほぼ同額の債務返済に当てるという。1990年9月末の同社の負債総額は3,700億円強であった。同社によると,ナナトミ倒産の成行き次第では,売却予定額を引き上げる必要が出てくるという。飛島建設はナナトミに対する融資や債務保証により1,200億円の債権残高を抱えている。同社はさらに系列会社に対して藤田観光株購入用に総額300億円を融資している。1993年3月までに不動産を処分したいとしている。

    問い合わせ:
    出典:1991年1月30日日本経済新聞1頁

判旨は、先行記事の著作物性を肯定したうえで、(著作物性のある)記事の主要な部分を含み、その記事の表現している思想、感情と主要な部分において同一の思想、感情を表現している要約は、元の記事の翻案に当たるものであると判示して、上記2例における侵害を肯定している。

しかしながら、前掲ソニー社葬記事事件におけると同様、事実の共通性は侵害を肯定する理由にはならないし、新聞記事の保護範囲は設例の基準のレベル2を超えることはないであろう。そうすると、例1については、まだ具体的な記述の運びや文章構成の利用があるということも可能であろうが、例2になると具体的な文章表現の利用がないことはもちろんのこと、記述の運びや文章構成の利用もないであろう。例2を侵害というならば、新聞記事から得た情報をさらに伝達したり、多くの先行著作物を調査して事実をまとめるといったことが不可能になるおそれがあり、事実自体の独占利用を認めることにもなりかねない。

例1を侵害と判示する部分も含め、この判例に対する批判は多い*16

*16 例えば、田村概説86乃至89頁

(4)論文など

論文などに著作物性があることに異論はない。但し、論文などは、客観的事実や原理原則を前提に論理を展開するものであるところ、客観的事実や原理原則はもちろんのこと、論理の展開もアイデアであって、著作物性はない。すなわち、そこで論じられている論理の展開が同一であっても侵害の問題は生じない*17。従って、学術論文なども保護のレベルは2ないし3(2に近い)の範囲であろう。また、その論理を正確に伝えようとすると表現方法が限定され、表現の自由度は狭くなる傾向もある。特に、社会科学系の論文に比較して自然科学系の論文は、その傾向が強くなるであろう。その場合、表現に関する創作性が否定される場合がある。

*17 「発光ダイオード論文事件」大阪地判昭和54.9.25判タ397号152頁も、同趣旨の判示をしている。

裁判例を見る。

① 「解剖学実習テキスト事件控訴審」*18

医学部教授により学習用に執筆された「解剖学実習テキスト」が、先任教授により執筆された「解剖実習の手引き」の複製物ないし翻案物であると主張された事案であり、その記述は下記対照表の通りである。

*18 東京高裁平成13年9月27日(判時1774号123頁、判タ1099号261頁)

先行著作物 後行著作物

p.93、28行目からp.94、6行目
頸膨大・胸部・腰膨大で脊髄を横断し、その断面を調べよう。まず灰白質とそれを取り巻く白質を区別せよ。固定の条件によっては灰白質がむしろ白く、白質がむしろ灰色に見えることもある。正中部では中心管が灰白質の中にかすかに見える。
灰白質と白質の面積の比は頸・胸・腰各部でどのように異なるか?
白質では前索、側索、後索を見る。灰白質では、前角、側角(主に胸部だけに存在する)、後角を観察し、
これらと前根・後根の線維との関係を調べる。これにはルーペを使うとよい。(前角・側角・後角はそれぞれ前柱・側柱・後柱ともいう。)

p.115、5~16行目
1)取り出した前胸壁の内面(後面)で、横隔膜(胸骨部と肋骨部)の起始と腹横筋の停止を改めて観察する。
2)内面を覆う筋膜(胸内筋膜)をはぎながら次のものを順々に剖出する。胸骨体の下半と剣状突起の後面からは、数個の薄い筋束が腱性に起こり、上方ないし外側方に走って第(2)3~第6肋軟骨の後面に停止している。これが胸横筋である。胸横筋の下部の筋束が腹横筋の上縁に接続移行していることに注意しよう。
3)前胸壁の内面の上半で胸横筋が存在しない部位では、胸骨の左右の外側縁のわきを内胸動静脈が縦走している。内胸動静脈は胸横筋の裏側(前方)を通るので、胸横筋を切断しながら、この動静脈を下方にたどる。
4)内胸動静脈からは各肋骨の下縁に沿って走る枝(前肋間枝)が出て、肋間神経と伴行し、肋間動静脈(胸大動脈および奇静脈・半奇静脈の枝)と吻合する。

⑥⑦p.66、26~32行目
8.頸膨大・胸部・腰膨大で脊髄を横断し、その断面を観察する。中央に脊髄を縦に貫く中心管がある。脊髄の中心部を占め、多くの神経細胞が存在するH字形の灰白質とそれを取り囲む白質を区別する。白質は有髄線維を多く含むため肉眼的に白く見える。

白質で前索、側索、後索を観察する。灰白質で前角(または前柱)、後角(後柱)及び胸髄と頚髄下部に存在する側角(側柱)を観察し、前根・後根の線維との関係を調べる。
頚部・胸部・腰部で脊髄の横断面の形、灰白質・白質の面積がどのように異なっているか観察する。

⑥⑦p.74、19~21行目
3.前胸壁の内面で横隔膜の胸骨部と肋骨部の起始及び腹横筋の停止を観察する。また、胸横筋を観察する。

胸動静脈から各肋骨の下縁に沿って起こる前肋間枝を剖出する。これが肋間動静脈と吻合することをみる。

判例は、大要次のように判示して侵害を否定しているが、正当であろう。

  • i) 人体の各器官の構造,各器官と動静脈及び神経叢との各位置関係等についての客観的な事実はもちろん,解剖の手順・手法,これに関する考え(アイデア)も,自由利用が許されるべきものである。
  • ii) 解剖実習書においても創作性の根拠となるのは,表現上の創作性に限られるものというべきである。
  • iii) 学術の著作物においては,解剖の手順・手法,人体の各器官の構造,各器官相互の位置関係,各器官と動静脈や神経叢との位置関係等についてこれを正確に表現することが重視されるため,個々具体的な表現においては,個性的な表現がむしろ抑制される傾向が生じることは避けられない。
  • iv) 以上の結果、解剖の手順・手法,各器官の構造,各器官などの位置関係,ないし,これらの手順・手法や事実を前提とした単一の特定のアイデアを記載するときには,個々の文としてみる限り,著作物性の根拠となる表現上の創作性は,その存在の余地がなくなる,あるいは,存在は認められても,その類似範囲(それに類似しているとして権利を及ぼすことのできる範囲)は非常に狭くなる場合が多くなる。

尚、判例は、「本件のような学術の著作物においても,ある手順・手法や事実を前提とした単一の特定のアイデアではなく,複数の事項を前提としたあるまとまりをもったアイデアないし思想についてみれば,その表現の仕方には,広い幅にわたって多数のものがあることになるから,著作の幅が広がり,個々の著作者の考え方によって,創作的ないし個性的な表現を採ることが十分に可能になるということができる」とも判示しているが、これも正しい理解であろう。

② 日照権事件*19

日照権に関する論文の侵害の成否が争われた事案である。

*19 東京地裁昭和53年6月21日判決(判タ366号343頁、無体集10巻1号287頁)

【被告の『日照紛争と環境権』の記載】

住宅地の日照が高層化の推進とともに一方的に奪われていくというような事態は、明治二九年の民法の立法者が予想もしなかったことであった。裁判例も、この新しい事態に必ずしも十分に即応して実効的な解決を与えることはできなかった。しかし、日照を守る住民たちの主張は、相手方の企業からも部分的な承認を得て、自主的な紛争解決の実績をつみ上げてきている。そこには、市民社会の生きた法としての日照権のめばえを明らかに読みとることができる。
……
とくに問題となることは、法律が全然予想もしない付近住民の同意書を要求するような強力な行政指導が、現行法に真正面から違反するのではないかという点にある。実際上の効果からいっても、指導要綱のききめはきわめて大きい。住民の同意がとれないため申請を取り下げざるをえなかった例も少なくないからである。

【原告(楠本安雄)『日照権』(1973年・日本経済新聞社)の記載】

住宅地の日照が高層化の推進とともに一方的に奪われてゆくというような事態は、明治二九年の民法の立法者が予想もしなかったことであった。学説や裁判例も、この新しい事態に即応して実効的な解決を与えることはできなかった。しかし、日照を守る住民たちの主張は、一般市民の間に広い共感をよんだだけでなく、相手方の企業からも部分的な承認を得て、自主的な紛争解決の実績をつみあげてきた。そこには、市民社会の生きた法としての日照権のめばえを明らかに読み取ることができる。
……
問題は、法律が全然予想もしない付近住民の同意書を要求するような行政指導が、現行法に真正面から違反するのではないかという点である。実際上の効果からいっても、指導要綱のききめはてきめんで、住民の同意がとれないため申請を取り下げた例も少なくないといわれる。

判旨は、各対応する記述は、いずれも叙述の順序、用語の選択、いいまわし等文章表現上の各要素において殆んど一致するか又は極めて類似しているとし、両者が極めて限られた範囲のテーマに関する記述であることと、その著述に当たり、大同小異の素材ないし資料を用いたと仮定しても、これほど似かよつた文章表現が別個独立に作出されるとは到底考えられないと判示し、複製権侵害を肯定している。「解剖学実習テキスト事件」の例と比較すると、同じ程度の類似性に見えなくもないが、法律の論文は自然科学系の論文と比較して、記述の自由度は相当にあるから、上の例はデッドコピーといってもよい事案である。

(5)抄録と要約

書籍を紹介する文章には、抄録と要約があるとされる。抄録とは、書籍の題号や著作者名、発行年月日、出版者名、その内容を紹介する程度の簡略な文章により構成されるものであり、要約はその内容を短縮してまとめたものである。

一般に、抄録は許されるが要約は許されないなどといわれるが、結局は、抄録又は要約中に先行書籍中の著作物性のある部分の利用があるかどうかの判断であり、抄録においては、そこまでの利用はないとされることが多いということである。要約でも、先行著作物の保護範囲にある部分の利用がない限り、侵害にはならない。その意味で、新聞記事に記載された事実を摘示するような要約の場合は侵害はない(その程度の議論は前述(3)参照)が、フィクション小説の設定、構成、ストーリーが記述されているような要約の場合は侵害となる場合ことが多いであろう。

「ウエブサイト書籍要約文事件」*20は、先行書籍の要約文をインターネット上に開設したウエブサイトに掲載した事案であるが、その記述は以下の対照表の通りである。

*20 東京地裁平成13年12月3日判決(判時1768号116頁、判タ1079号283頁)

『成功の法則』と『速読本舗』の対照表

『成功の法則』江口克彦著(PHP刊) 『速読本舗』’97.1
2頁3行目~2頁6行目
きみなぁ、成功の道というものは、いろいろの行き方があるけどね。でも結局のところ、おおむね同じじゃないかと思う。それは百人が百人とも持ち味があるからね、多少の違いというものはあるけれども、成功の道すじ、軌道というものは、だいたいにおいて決まっている。いわば共通性があるということや。
松下幸之助によれば、事業に成功するための法則はいかなる経営者においても同じであり、それぞれの持ち味によって多少の違いはあるけれども、成功の道すじには共通性があるというのだ。
2頁9行目~2頁14行目
この見方が正しいものであると、私は確信を持って言うことができる。そして松下の成功理由を体系化することは、普遍的な成功の法則を明らかにすることになると思う。
その理由の第一は、松下自身が成功者であること、第二に、松下は多数の先哲諸聖の研究をしており、自信の体験をさまざまな角度からも検証していること。
そして第三に、時代の変化を迎えてますます松下の考え方が正しいと、私には実感されるからである。
この松下の見方を著者は正しいと確信を持っている。その理由は第一に松下が成功者であること。第二に松下が先哲諸聖の研究をし、自身の体験から検証していること。第三に時代の変化の中で、この考えが正しいと著者が実感しているからである。そこで松下の成功理由を体系化し、普遍的な成功法則を明らかにすることを目的として本書は執筆された。
16頁1行目(見出し)
17頁15行目~18頁7行目
熱意を持てば成功する。
松下が中小企業の経営者の方々を対象に「ダム経営」について話したことがある。ダム経営というのは、川にダムをつくり水を貯めるように、企業も余裕のある経営をしようという松下の持論であった。
話が終わって、四百人ほどいた経営者の中の一人が手をあげて質問した。「おっしゃるとおりなのですが、なかなかそれができないのです。どうすればダムがつくれるでしょうか」
これに対して松下は「やはりまず大切なのは、ダム経営をやろうと思うことですな」と答えた。
熱意を持てば成功する
中小企業の経営者を対象に「ダム経営」について松下が話したことがあった。余裕をもった経営という意味である。話が終わって、一人の経営者が質問した。「どうすればダムが造れるのでしょうか」。これに対する松下の答えは「まず、ダム経営をやろうと思うことですな」であった。
18頁7行目
会場からは“なんだ、そんなことか”という失笑が起こった。
会場からは「なんだ、そんなことか」と失笑が起こった。この松下の答えの意味が理解できなかったのだ。
18頁8行目
18頁11行目~14行目
しかし、その中に一人、衝撃を受けた人物がいた。
「そのとき、私はほんとうにガツンと感じたのです。何か簡単な方法を教えてくれというような生半可な考えでは、経営できない。実現できるかできないかではなく、まず『そうでありたい、自分は経営をこうしよう』という強い願望を持つことが大切なのだ、そのことを松下さんが言っておられるんだ。と、そう感じたとき非常に感動したんです」
しかし、一人だけは違っていた。衝撃を受けた人物がいたのである。
「何か簡単な方法を教えてくれという生半可な気持ちでは経営はできない。まず、そうありたい、こうしようという強い願望を持つことが大切なのだ。そう感じて非常に感動した」とある。
18頁8行目~18頁9行目
18頁15行目~19頁2行目
それは京セラを創業して間もないころの稲盛和夫氏で、まだ経営の進め方に悩んでいた頃であった。
四百人の経営者が同じ話を聞いている。しかし、そのように受け取った人は一人しかいなかったと言っていい。稲盛氏には、そのように受け止めるだけの力量があったということである。のちの京セラの発展は改めて説明する必要もないと思う。
この一人とは京セラ創業間もない稲盛和夫氏である。彼には松下の答えの意味を理解するに足る力量があったということであろう。
20頁3行目
20頁9行目~20頁10行目
松下は、成功の条件の第一に「熱意」をあげることが多かった。
松下幸之助が成功した理由は、決して一つに帰することができるものではない。だが、もしあえて一つだけ挙げよと言われたら、私は熱意であると断言できる。
松下は成功の第一条件に「熱意」をあげている。松下幸之助の成功理由は決して一つや二つで言い表すことはできないが、もし、あえて一つだけ挙げるとすれば、それは「熱意」だと著者は断言する。

判旨は、10行程度の書籍紹介の文章を付した上で、それ以外は書籍の文章に改変、修正を施し、また、先行書籍の文章のポイントと思われる部分を抜き書きして、その内容の要約としたにすぎないものであり、先行書籍を翻案したものであるといって、先行書籍の著作者の翻案権侵害の主張を認めている*21

*21 この判決は、欠席判決であり、翻案権侵害の成否が正面から争われたものではないが、翻案権侵害が肯定される事案であろう。

(6)キャッチフレーズ等

「交通標語事件控訴審」*22では、「ボク安心 ママの膝より チャイルドシート」という先行交通標語と「ママの胸より チャイルドシート」という後行交通標語間の侵害の成否が問題となった事案である。

こうした標語やキャッチフレーズにも著作物性が肯定される場合があるが、一定の単語や語句に特定人の独占的利用権が及ぶことにならないように、その保護範囲は慎重に画定される必要があり、また侵害の成否も厳格に判断されるべきである(第2章第3節2、(3)、⑤参照)。

判旨は、「ボク」、「ママ」及び「チャイルドシート」という三つの語句は、チャイルドシートに関する交通標語において使用される頻度が極めて高い語句であり、また、「・・・・よりチャイルドシート」とすることはごくありふれた手法に属すると判示して、この点に創作性を認めず、先行標語の創作性は、「ボク安心」との表現部分と「ママの膝よりチャイルドシート」との表現部分とを組み合わせた、全体としてのまとまりをもった五・七・五調の表現のみが保護範囲であるとする。そして、「ママの胸より チャイルドシート」という後行標語は、ボク安心の部分がない(上記組み合わせがない)し、その結果全体としてのまとまりをもった五・七・五調の表現もないから、侵害はないとしている。

*22 東京高裁平成13年10月30日判決(判時1773号127頁、判タ1092号281頁)

3 美術著作物の保護範囲

美術著作物の場合も、侵害の成否の判断にあたっては、言語著作物におけると同様な検討が必要となる。

すなわち、侵害となるためには、後行著作物において、先行著作物の保護範囲にある部分の利用がなければならないのであり、保護範囲にある部分とは、思想・感情要件、創作性要件及び表現要件を満たす部分である。

従って、例えば、後行著作物が先行著作物に描かれた物の形状、風景、人物の容貌などを利用しても、思想・感情要件を満たす部分の利用がなく、著作権侵害はない。また、先行著作物のアイデア(タッチや画風などもアイデアである。)を利用しても著作権侵害はない。さらに、先行著作物の表現がありふれたものである場合、そのありふれた表現の利用も著作権侵害とはならない。

従って、事実と思想・感情の区別、表現とアイデアの区別、創作性の有無などがその保護範囲を決定することになることは、言語著作物と同様である。

以下、具体的に検討する。

(1)具体的な表現自体に同一性又は類似性がある場合

具体的な表現自体が同一又は類似である場合、すなわち、言語著作物でいう文章表現までが同一である場合、複製権又は少なくとも翻案権侵害となる。

① 贋作絵画輸入事件*23

後行絵画が、先行絵画の贋作(複製)である(侵害行為の態様については、本節15参照)として争われた事案である。

判旨は、後行絵画は、先行絵画と構図、筆致、色調において似通っていると判示して複製権侵害としている。後行絵画は、先行絵画の贋作なのであるから構図、筆致、色調において似通っているのは当然である。言語著作物の例でいえば具体的な文章表現が同じレベルのものであり、デッドコピーといってもよいものであるから、複製権侵害となるのは当然である。

*23 大阪地裁平成8年1月31日判決(判タ911号207頁)

② デザイン・スキャニング事件*24

後行デザインの羽根部分が先行デザイン羽根部分の複製であるとして争われた事案である。

判旨は、後行デザインでは、羽根がモノトーンのシルエットとして表されているためそれが線描画であることがややわかりにくくなっている点はあるが、後行デザインにおいても、繊細なタッチの線と微妙なトーンにより、一枚の羽根が空中に舞う様子や、一枚の羽根が柔らかな羽毛の固まっている根元部分と長い羽毛の伸びている先端部分から成り立っている形状を描いている先行著作物の特徴は再現されているものであって、先行デザインとその特徴を共通にし、見る者をして先行デザインを想起させるものであるとして、複製権侵害を肯定している。

後行羽根部分は、先行羽根部分をスキャンして作成されたものであり、その過程で細い線による表現部分が消えたり、潰れたりしているものの、いまだ先行著作物の表現部分を利用しているということができるであろう。

*24 東京地裁平成12年9月28日判決(判時1732号130頁、判タ1045号296頁)

③ パンシロン事件*25

先行図柄に依拠して中間図柄が、中間図柄に依拠して後行図柄が作成されたところ、後行図柄は先行図柄の複製又は翻案かが争われた事案である。

*25 大阪地裁平成11年7月8日判決(判時1731号116頁)

判旨は、次の通りである。

  • ⅰ)まず、中間図柄と先行図柄の関係において、そこで描写されている男性の姿は、①白黒かカラーか、②左向きか右向きか、③服装が縞模様のパンツ姿か青色のスーツ姿かという違いがあるだけであって、中間図柄は、先行図柄の特徴である(a)丸い山高帽をかぶった男性が力こぶを出すポーズで立っており、(b)大きく丸い眼球と小さな黒目と、細い眉毛と、顔から鼻頭にかけて直線的な稜線を有することを特徴とする横顔が描かれ、(c)顔から上の部分は真横から見た描写であるのに対し、首から下の部分は斜め前方から見た描写となっており、(d)身体の線が直線的に描かれ、(e)力こぶを出している腕と反対側の腕を曲げて、手にワイングラスを持っている等の点において共通しているから、先行図柄の内容及び形式を覚知させるに足るものを再生していることは明らかというべきであり、中間図柄は先行図柄の複製であるとする。
  • ⅱ)次に、後行図柄と先行図柄の関係については、後行図柄は三つの図柄から構成され、これらの図柄が三コマ漫画のように連続して、「弱った胃を、イキイキ動かし、スッキリさせる」ことを表現していると認められるから、後行図柄には先行図柄とは別個の創作性があるものと認められるが、後行図柄と先行図柄に描かれている男性の図柄の間には、前記(a)のうち丸い山高帽をかぶった男性が立っている点、(b)及び(c)の点において共通しており、また、後行図柄2及び3については(d)(e)のうち左右の肩から腕、手にかけての線で、さらに後行図柄3については(a)全部の点で類似しており、そこにはなお先行図柄の創作的表現が再生されているものというべきであるから、後行図柄においては先行図柄の内容及び形式を覚知させるに足るものを再生していると認められる。
  • ⅲ)以上の検討の結果、後行図柄は、少なくとも先行図柄の二次著作物である。
(2)物の形状等(事実)に同一性又は類似性がある場合

こうした事案は、言語著作物でいうノンフィクション的な著作物に関する事案ということもできる。すなわち、言語著作物において、例えば、史実部分には著作物性がないように、美術著作物においても、例えば、動物の形状とか、人物の容貌などという部分は思想・感情要件が否定される。

従って、上記判例が判示する「後行著作物が先行著作物を想起させる」とか「後行図柄において先行図柄の内容及び形式を覚知させる」などという場合に、想起又は覚知の理由が、思想・感情要件を満たす部分を利用していることに基づくものである必要であり、形状や容貌といった客観的事実の利用に基づく場合には、侵害は否定されることになる。

尚、言語著作物において、記述の表現がありふれた、又は慣用的なものである場合に創作性要件が否定されるように、美術著作物においても、例えばある形状を簡略化して描写する場合にその描写がありふれたものである場合は、創作性要件が否定されることになる。従って、ありふれた、又は慣用的な表現を利用しているにすぎない場合も侵害は否定される。

裁判例を見る。

① ケロケロケロッピ事件*26

カエルを擬人化した図柄に関する翻案権侵害が争われた事案である。

*26 東京高裁平成13年1月23日判決(判時1751号122頁)

判旨は、次の通りである。

  • ⅰ) カエルを擬人化するという手法は、少なくとも我が国において広く知られた事柄であり、この場合、図柄が、顔、目玉、胴体、手足によって構成されることになるのは自明である。
  • ⅱ) 擬人化されたカエルの顔の輪郭を横長の楕円形という形状にすること、その胴体を短くし、これに短い手足をつけることは、擬人化する場合に通常予想される範囲内のありふれた表現というべきであり、目玉が丸く顔の輪郭から飛び出していることについては、我が国においてカエルの最も特徴的な部分とされているものであって、これまた普通に行われる範囲内の表現であるというべきである。
    従って、こうした基本的な表現自体には、創作性ない。
  • ⅲ) ただ、細部の表現においては、擬人化したカエルの図柄に、形状、配置、配色によるバリエーションを与えることによって、表現全体として、ここに創作性を認めることができる。
  • ⅳ) 本件著作物の細部の表現を対比してみると、先行図柄(1)、(2)、(3)①ないし⑥、(4)①及び②と、後行図柄①、④及び⑤を、それぞれ個別的に対比してみると、輪郭の線の太さ、目玉の配置、瞳の有無、顔と胴体のバランス、手足の形状、全体の配色等において、表現を異にしていることが明らかであり、このような状況の下で、後行図柄を見た者が、これらから先行著作物を想起することができると認めることはできないから、そこから先行著作物を直接感得することはできないというべきである。

この判決は、カエルを擬人化するときの表現が、顔、目玉、胴体、手足によって構成されることは当然であり、この点においては思想・感情要件が否定されるし、擬人化されたカエルの顔の輪郭を横長の楕円形という形状にすること、その胴体を短くし、これに短い手足をつけること、目玉が丸く顔の輪郭から飛び出していることはありふれた表現であり、この点においては創作性要件が否定されるというものであって正当である。

そして、上記の点での同一性又は類似性を捨象して細部の表現を対比して見るとき、判例のいうように細部の表現は異なっており、侵害は否定されることになろう。尚、第1審では、後行図柄の①乃至⑩のすべてが先行図柄の複製又は翻案であるという主張がなされたが、すべての後行図柄の侵害が否定されている。控訴審では、このうち、①、④及び⑤の侵害を主張された。

② 女優イラスト事件*27

同一の女優を描いたイラストに関し、後行イラストは先行イラストの複製であるかが争われた事案である。

判旨は、後行イラストは、顔の輪郭が上半部が円形であること、目の形状が銀杏の実のような形状で、瞳が大きく描かれていること、鼻が口に近い位置は配置されていること、片手を前、もう一方の手を後ろにし、足はこれと左右逆であること、バッグを肩から後ろへ向かって掛けていることが先行イラストと共通するが、次のような違いがあるから同一性を認めることができないという。

*27 東京地裁平成11年7月23日判決

  • ⅰ) 先行イラストの顔の輪郭は、下半部が縦長な円弧状であるため全体として縦に長い顔に見えるのに対して、後行イラストの輪郭は真円に近く、全体として横に広い顔に見える。
  • ⅱ) 目の形状が銀杏の実のような形状で、瞳が大きく描かれていることは共通するが、目の上半部輪郭は異なっており、また後行イラストの目は、顔に占める面積が大きく、両目を先行イラストほど離れていない。さらに、睫の形状・本数、眉の長さ・太さ、眉と目の位置関係において違いがある。
  • ⅲ) 鼻が口に近い位置に配置されている点は共通するが、先行イラストの鼻は立体的で、鼻の穴がやや見えるような形状であるのに対して、後行イラストの鼻は、鼻の穴が見えるような表現はされておらず、形状も異なる。
    また、口、唇の形状も異なる。
  • ⅳ)先行イラストでは耳が描かれておらず、髪型はショートヘアであり、バッグの形状等も異なる。
  • ⅴ)腕や足などに関し、片手を前、もう一方の手を後ろにし、足はこれと左右逆であることは共通であるが、腕の振り方・角度、足の開き加減、前になった足の膝の角度、後ろ足の膝下の跳ね上げ方が異なる。

しかしながら、判旨のいう違いがあることを理由に、侵害がないとするのには疑問がある。確かに、本件イラストは、いずれも同一人物である女優の似顔絵を中心に描いているものであるから、その女優であることが想起されることを理由に侵害を肯定することはできない。しかしながら、顔似顔絵を描くときの顔の特徴の表現方法(特に、目、睫、眉、鼻、口、耳などの描き方)は多様であるところ、後行イラストは、目、睫、眉、鼻、口の表現が先行イラストとほぼ同一であるといってもよい(少なくとも類似)。さらに、その女優の容貌、姿態とは関係のないポーズの描き方(片手を前、もう一方の手を後ろにし、足はこれと左右逆であり、また身長と頭部の割合が三等身程度に描かれている)が共通している。従って、後行イラストは先行イラストとは違う別個の創作性が付加されているところはあるとしても、先行イラストの創作的表現の利用があるといわざるをえず、翻案権侵害が肯定されるべき事案であろう。ただ、本件においては、複製権の侵害だけが主張され、判決も複製権の侵害の成否だけを判断している。

④ 雪月花事件*28

先行著作物である書(本件では、「雪月花」、「吉祥」、「遊」という書について争われたが、下記においては「雪月花」が撮影された写真を取り上げている。)を撮影した写真を照明器具の宣伝広告用カタログに掲載した行為が、複製又は翻案となるかが争われた事案である。

写真撮影であるから、一見するとデッドコピー事案のようであるが、先行書の保護範囲にある部分の利用があるか否かが問題になる。

判旨は、書を写真により再製した場合に書の複製に当たるといえるためには、写真において当該書の字体や書体が再現されているにとどまらず、文字の形の独創性、線の美しさと微妙さ、文字群と余白の構成美、運筆の緩急と抑揚、墨色の冴えと変化、筆の勢いといった美的要素を直接感得することができる程度に再現がされている必要があるが、本件では、その程度の再現がなされていないと判示して侵害を否定している。

字体や書体は、思想・感情要件及び創作性要件を満たすものではないから(第2章3、(3)参照)、その同一性だけでは侵害の根拠とならない。判旨のいう美的要素が備わってはじめて著作物性が肯定されるのであるから、当該要素の再製利用がない場合は侵害は否定されることになる。

*28 東京高裁平成14年2月18日判決(判時1786号136頁)、1審は東京地裁平成11年10月27日判決(判時1701号157頁)

(3)アイデアに同一性又類似性がある場合

最後に、美術著作物のおける表現とアイデアの区別が問題になった事案を検討する。

① アンコウ行灯事件*29

行灯について、翻案の有無が争われた事案である。

*29 京都地裁平成7年10月19日判決(判時1559号132頁、知裁集27巻4号721頁)

判旨は、以下のとおりである。

  • ⅰ) 「表現形式上の本質的特徴」(筆者注;保護範囲にある表現)は、著作物の具体的な構成と結びついた表現形態から直接把握される部分に限られ、個々の構成・素材を取り上げたアイデアや構成・素材の単なる組み合わせから生ずるイメージ、著作者の一連の作品に共通する構成・素材・イメージ(いわゆる作風)などの抽象的な部分にまでは及ばない。
  • ⅱ) 先行行灯1及び先行行灯2と後行行灯1及び後行行灯2について
    先行行灯1及び2は、天然石又は天然石様の素材と、アンコウの口のような横長の半円形の明かり窓とその中の水に浮かべた蝋燭からもれる光とが相まって、天然石の中に現実とは違う空間が潜み、それが石の裂け目からのぞいているような神秘的で幽玄な世界を表現しているのに対し、後行行灯1及び2は、外観は一見して陶器とわかるものであり、明かり窓も後行行灯1は「松」を象り、同2は容器上部の半分を切り取るような形状の口であって、たとえ、内部に水を満たして浮き蝋燭を灯したとしても、前記のような先行行灯1及び2の本質的特徴部分を直接感得できるものと認めることはできない。
  • ⅲ) 先行行灯3と後行行灯1について
    先行行灯3は、つるりとした漆黒の釣鐘状の容器の中央に、釣鐘形の窓が、水に浮かべた蝋燭の直接の光とその光が内部の凹凸状の壁面に反射した光とによって浮かび上がり、いわば別世界の洞穴の中をのぞくような神秘的な空間を表現し得ているのに対し、後行行灯1は、日本古来からよくみられる「松」形の明かり窓と内部の壁面の加工の違いと全体の形状の違いから、前記のような先行行灯3の本質的特徴部分を直接感得できると認めることはできない。
  • ⅳ) 先行行灯3と後行行灯2について
    後行行灯2は、①素材は、釜の中で炭と一緒に焼くいわゆる「炭焼き」と呼ばれる手法による陶器であって、全体に茶褐色であり、まだら様の模様が存在し、②外形は全体として釣鐘状であるが、容器の頂上部分に穴があり蔦製のとってが取り付けられ、③容器上部の半分を切り取るような形状の口が存在している点で、前述の先行行灯3と異なっているから、先行行灯3の表現形式上の本質的特徴部分を直接感得することができない。

本件において、先行行灯の著作者は、先行行灯の保護範囲を、「いわゆる従来の火もらいとは異なるデザイン重視の容器を製作し、さらにその容器内部に液体を満たして、その表面上に発光体を浮かべて、一体のものとして幽玄な空間を表現しているところにある」と主張しているが、これはアイデアであろう(判旨も同旨)。従って、このアイデアの同一性又は類似性を理由に著作権侵害を肯定することはできないから、判旨は正当である。

② 商業広告事件*30

後行広告による先行広告の翻案権侵害の成否が争われた事案である。

*30 大阪地裁昭和60年3月29日判決(判時1149号147頁、判タ566号278頁、無体集17巻1号132頁)

判旨は、以下の通りである。

  • ⅰ) 著作物の保護範囲は、個々の構成・素材を取り上げたアイデアや構成・素材の単なる組合わせから生ずるイメージなどの抽象的な部分にまでは及ばない。
  • ⅱ) 先行広告と後行広告の個性的表現部分を比較すると、(ア)先行広告は、図案化された縦長で環状の鎖で画面の周囲を縁取りし、その鎖の外側に沿って18個の工具の部品の写真が並べられているのに対して、後行広告は、環状の鎖が画面の右上から左下にかけて斜めに配置し、その内側に17個の工具の部品の写真が並べられており、(イ)後行広告は、画面の一番上と下にそれぞれ横方向一杯にあるワイヤーロープの図案があるが、先行広告にはなく、(ウ)石油採取設備の図案の配置場所が異なるとともに、先行広告はその設備の脚部以下に暗色を配して鎖の内側下方の過半を波ないし海洋として表現しているが、後行広告ではそのような表現はない、(エ)先行広告では下方右側にバルブの写真が配されているが、後行広告外側右寄りにフエア・リーダー及びパワー・ウインドラスの写真が配されている。
  • ⅲ) そうすると、アイデアやイメージの類似性を捨象した個性的表現部分は相当程度異なっているので、侵害はない。

本事案においては、後行広告は先行広告と同一の素材を相当程度利用しており、英文文字で記載されたタイトル、商品名、環状の鎖の図案、工具の部品の写真は同一である。しかしながら、両広告ともに海洋機器装置やその工具の部品の広告を目的とするものであるから、そこに掲載されるべき素材は必然的に似通ったものとなるし、装置や工具などの個々の素材の描き方自体に著作物性(思想・感情要件)を肯定できることはそうはないであろう(本件でも問題になっていない。)。そうすると、そうした素材の類似性を理由に侵害を肯定することはできない。

次に、上記素材を掲載しながら広告を作成する場合に、環状の鎖で囲みながら装置や工具の部品などを配置するというのはアイデアであろう。従って、これらの素材の具体的な構成、組み合わせ及び配置が保護範囲にある表現というべきである。

そうすると、素材と上記アイデアの同一性又は類似性を捨象して両広告を比較すると、その具体的な構成、組み合わせ及び配置は異なるという評価になるであろう。

4 図形著作物の保護範囲

図形著作物の場合は、記述の対象は事実やデータ、又は技術的思想などであることが多いから、記述の具体的表現部分のレベルが保護の対象となることが多いであろう。また、図形が産業的なものであればあるほど、表現方法が個性的であることは逆に図形を使った作業の効率性を妨げることになるので、表現の自由度は低く、創作性要件が満たされる部分は少なくなる。

従って、図形著作物は、言語著作物や美術著作物に比較して、保護範囲は相対的に狭くなる。以下、具体的に検討する。

(1)地図

地図には実測地図と編集地図があるが、前者は測量の結果(数値データ)を一定の作図手法に従って記述するものであるから、保護範囲は狭い。

編集地図の場合は、記述の自由度はそれなりにあるので、創作性が発揮される部分もあるであろう。

住宅地図は、建物の所在、位置を通常用いられる略図的手法にしたがって記載するものであって、創作性要件を満たす部分は相当に狭い。「富山市住宅地図事件」*31においては、住宅地図の著作物性は一般地図に比較してさらに制限されたものである(保護範囲が狭い。)という(第2章第3節4、(3)①参照)。結局、地図そのものの表現部分というよりも区割りや特定頁への割付などに創作性を見いだすことになろう。上記事件における侵害の成否に関して、判旨は、表示対照、表示方法、枠取りの表示、引かれた線の接合箇所(保護範囲にない部分)が同一又は類似であることは認めたものの、掲載対象地域が異なる部分が相当存在すること、先行地図が掲載対象地域を151頁を使用して概ね横型に区割りしているのに対して、後行地図は掲載対象地域を266頁を使用して、概ね縦型に区割りしていることなどを理由に、侵害を否定している。尚、後行地図の著作者が独自の調査を行っていないことなどを理由に侵害を肯定している古い裁判例があるが*32、これは思想・感情要件要件(事実やデータは保護されない。)と相容れない。

*31 富山地裁昭和53年9月22日判決(判タ375号144頁)

*32 「松本市住宅案内図事件」長野地裁松本支部昭和42年2月17日判決(著判Ⅰ40頁)、「河北町住宅地図事件」仙台地裁昭和59年4月26日判決(著判Ⅴ414頁)

(2)設計図書等

設計図書等から読みとれる技術的思想はアイデアであって、保護範囲にない(第2章第3節4、(3)②参照)。従って、侵害の成否の判断においては、技術的思想を対比するのではなく、あくまでも表現方法を対比しなければならない。

以下、裁判例を見る。

① スモーキングスタンド設計図事件*33

工業製品の設計図は、誰でも理解できる共通のルールに従って表現されているから表現方法に創作性を見いだせないとして、著作物性自体を否定した事案である(第2章第3節4、(3)、②参照)。

*33 東京地裁平成9年4月25日判決(判時1605号136頁、判タ944号265頁)

② 冷蔵倉庫事件*34

冷蔵倉庫の設計図に関して、侵害の有無が争われた事案である。

判旨は、冷蔵倉庫に関する先行設計図に関し著作物性を肯定したものの(その不当性については、第2章第3節4、(3)、②参照。)、極めて技術的機能的な性格の著作物であるためその表現方法の選択の余地はあまり多いとは考えられず、同種の建物に同種の工法技術を採用しようとすれば結果として自ずから類似の表現を採らざるをえないとして、後行設計図の侵害は否定している。

*34 大阪地裁昭和54年2月23日判決(判タ387号145頁)

③ 工作機械設計図事件*35

丸棒矯正機器の設計図に関し、侵害の成否が争われた事案である。

判旨は、図示された機械の形状や寸法が表現であるという誤った理解に基づき著作物性を肯定し(第2章第3節、4、(3)、②参照)、保護範囲についてもこの機械の形状や寸法であるとして、この形状及び寸法をそのまま記載した後行設計図について複製権の侵害を肯定している。

しかしながら、機械の形状や寸法は技術的思想ないしアイデアであって保護の対象とならないから、判旨は正当でない。

*35 大阪地裁平成4年4月30日判決(判時1436号104頁、知裁集24巻1号292頁)

④ ビル設計図事件*36

ビル建設用の設計図に関し、侵害の有無が争われた事案である。

ここでも、判旨は、設計図の著作物性を肯定した上で、外形を形作っている線、各室の間仕切線及び各窓の位置、形が同一であることを理由に侵害を肯定するが、疑問である。建物の外形、室の間仕切り、窓の位置及び形などはアイデアであって、保護範囲にないはずである。

*36 東京地裁昭和54年6月20日判決(無体集11巻1号322頁)

産業用の設計図と侵害の有無

産業用の設計図に関する著作物性及び侵害の有無の判断において、誤った理解に基づく判例が多い。これは、著作権法自身が、図形を著作物として例示している(10条1項6号)ために、安易にその著作物性を肯定する結果であろう。

しかしながら、技術的思想やその他のアイデアに著作物性を認めることはできない。また、仮に著作物性が肯定されたとしても、著作物性が肯定される範囲、すなわち保護範囲にある部分だけが保護の対象とされなければならない。そして、産業用設計図については、技術的機能的な性格をもつものであるがために一定の作図手法にもとづき記述されるのが一般であり、個性的な表現手法は排除されるから、創作性要件が満たされることは希有なことである。すなわち、ある技術思想を一定の作図手法に従って記述すれば、その表現は同一になるのである。その結果、産業用設計図において著作物性が認められることはきわめて例外的な場合に限られよう。その意味で、著作権法は、例示する著作物を「学術的な性質を有する図形」といっているのであり(10条1項6号)、また文芸等要件を設けている(2条1項1号)と理解することができるであろう。

尚、「工作機器設計図事件」の判決が、先行設計図に依拠して後行設計図を作成することを設計図の複製とするものの、先行設計図に基づいて機械を製作することは設計図の複製には当たらないと判示していることは正当である*37。建物著作物の場合には、図面に従って建物を完成させることは建物著作物の複製であるとされる(2条1項15号ロ)が、これは建物が著作物であるところ、建物自体に依拠して複製物を作るのも図面に依拠して複製物を作るのも同じであるからいずれも建物著作物の複製になることを注意的に規定したものである。これに対して機械の場合は、機械それ自体は著作物ではないから、設計図に基づき機械を作成しても後行機械は先行機械の複製ではないし、ましてや設計図の複製でもない。

そうすると、後行設計図において仮に先行設計図の複製権侵害が認められるとしても、そこでの損害は、独自に作図した場合に必要な設計費用を削減できたという利益の限度にすぎない。すなわち、設計図の複製物の頒布ではなく設計図に基づいて作成された機械が販売される事案では、特許権などの権利が働かない限り、同様な形状、寸法の機械を作ることは自由であるし(著作権法は、発明の実施を禁止するものではない。)、また機械に依拠して設計図を書くことも自由であるから、結局、そこでの損害は、設計図面の作成費用が削減できたという利益の限度であって、機械1台の販売利益の額に販売台数を乗じたものが損害になるのではない。従って、設計図の複製権侵害訴訟をもってして、技術思想の保護を達成することは当然できないのである。

*37 福島地裁平成3年4月9日決定(知的裁集23巻1号228頁)も同旨。

(3)学習用図表

「出る順宅建事件」*38は、宅地建物取引主任者資格試験の解説書に掲載された図表に関し、侵害の有無が争われた事案である(著作物性に関しては、第2章第3節、4、(3)、④参照)。

上記図表のうち、1審では、(3)乃至(8)について著作物性を認めた後、侵害に成否に関しては、次のようにいう。

(3)については、法文が規定する都市計画の決定権者を整理して一覧表にするものであるから、それぞれが区域、地区、地域等の表現、決定権者が同一になるのは当然であるところ、その中で、項目③乃至⑦の配列が異なるほか、「遊休土地転換利用促進地区」という項目が加えられているので、侵害はないとする。また、(4)については、表の部分は極めて類似するが、これはある法文の規定の要点を整理したものであるから当然であり、後行図表には原則という欄を設けていること、下の段の註の部分がないことから、侵害はないとしている。

(5)、(6)及び(8)は類似であるとして、(7)はほぼ同一であるとしていずれも侵害を肯定している。

控訴審では、(5)、(6)及び(8)に関する侵害の有無が争点となっている((7)は著作物性を否定)が、いずれも類似であるとして侵害を肯定している。

解説書などにおいて、読者の理解を助けるために解説の対象を図表にしてまとめるといったことはよく行われるところである。こうした場合には、解説の対象が同一であるから素材も同一となるので、素材の同一性をもって侵害を肯定することはできない。また、論理的な筋道に基づいてまとめると、その表現は類似になることが多くなるであろう。従って、著作物性が肯定される場合があるとしても、その保護範囲はかなり狭く、デッドコピーに近いものでなければ侵害は肯定されないであろう。その意味で、(3)や(4)のように別項目や別欄が加えられる程度の相違があれば類似性が否定されることになるであろう。

*38 東京地裁平成6年7月25日判決(判時、判タ)、東京高裁平成7年5月16日(判時、判タ)

(4)インターフェイス

インターフェイスに関しても、著作物性を直ちに否定することはできないものの、創作性の認められる範囲はきわめて限定的なものになる(第2章4、(3)、④参照)。

裁判例を見る。

① 積算くん事件*39

判旨は、一般論としてインターフェイスに著作物性が備わることがあるとはいうものの(第2章4、(3)、④参照)、本件における侵害の成否については、共通点はアイデアにしかすぎないとしてこれを否定している。

たとえば、下記先行画面と後行画面を比較して次のようにいう。

両画面表示は、工種項目作成画面に工種名称一覧表を設け、画面上半分に、「工事名称一覧表」を縦五行、横四列の表形式で設け、同一の工事名称を使い、その配列順序も同一である。また、画面下半分に「項目」、「単位」、「単価」、「原価」の入力欄を、同一の配列順序で左から右へ配列している点も同一である。

しかし、工種項目作成画面に工種名称一覧表を設ける点は、工種項目作成画面に工種名称一覧表を設ける必然性はないことから著作者の個性が発揮されているが、それ自体はアイディアである。そして、同表に工事名称として具体的に記載されている一五種類の工事名称自体は、一般的な工事名称であり、その工事名称の選択、配列順序及び工事名称一覧表を縦五行、横四列の表形式で設けている点に、創作性を見ることはできない。また、画面過半部において、「項目」、「単位」といった項目入力欄を設けること自体は、両ソフトが積算ソフトであることを考慮すれば、特筆すべきことではなく、しかもその表現形式はありふれたものである。

そうすると、表示画面中の共通する表現部分には、先行画面の著作物が認められる部分は存在しないこととなるとして、侵害を否定している。

正当であろう。

*39 大阪地裁平成12年3月30日判決(別冊ジュリスト157号62頁)

② PIMソフト事件*40

下記インターフェイスに関し、侵害の有無が争われた事案である。尚いずれのインターフェイスもその背景画面は自由に変更できるので、必要項目の選択とその配置ないし画面構成、並びにアイコン、ボタン、ボックスなどの形状、デザイン及びその配置などの同一性又は類似性が問題になる。

*40 東京地裁平成15年1月28日判決(判時1828号121頁)

判旨は、まず、インターフェイスの著作物性を一応肯定しながら、その範囲は限定されるという(第2章4、(3)、④参照)。

その上で判旨は、週表示画面に関する両インターフェイスの共通点を次のようにいう。

  • (ア)左側半分全体に、週の7日間を順番に縦に表示してある。
  • (イ)日付と曜日の右横に各日のおおまかなスケジュールが表示される窓が配され、その形状は横長の長方形である。
  • (ウ)1週間の表示の上下には、週を移行するための上向き、下向きのボタンが設けられている。
  • (エ)右側下部には、特定日のスケジュール又はダイアリーを表示する窓部分があり、その上にスケジュールとダイアリーを切り替えるボタンが設けられている。
  • (オ)スケジュール/ダイアリー表示窓の右上にはインプットボタンがあり、スケジュール画面でこのボタンを押すと、スケジュール入力画面が別画面として表示され、そこで入力すると、1週間の表示の部分と特定日のスケジュールの部分の双方に表示される。
  • (カ)画面の右上には、スケジュール/ダイアリー表示窓で表示の対象となっている日が、1週間の表示部分と同様なボックス内に表示されており、スケジュール/ダイアリー表示窓で表示の対象となっている日は、1週間の表示の日付をクリックすることによって変わる。
  • (キ)週移行ボタン,1週間表示の各日付ボタン,スケジュール又はダイアリーの切替えボタン,インプットボタンを押したときに効果音を発する。

そして、この共通部分が、先行インターフェイスの保護範囲にある部分かどうかについて、以下のようにいう。

1ページの左側半分全体に,週の7日間を順番に縦に表示し,日付と曜日の右横に各日のスケジュールを記載する横長の長方形の形状の枠が設けられており,1ページの右側に,更に詳細な予定等を記載する部分が設けられている手帳は,従来からよく知られていたものと認められる。また、画面の右側下部に特定日のスケジュール又はダイアリーを表示する窓部分があることは,従来からよく知られているありふれた書式である。従って、(ア)、(イ)、(エ)の共通点があるからといって侵害を肯定する理由にはならない。

  • (ウ)については、このボタンは、インターフェイスの機能上必要なものである。
  • (エ)のうち、スケジュールとダイアリーを1つの窓で切り替えるようにしていること自体はアイデアである。
  • (オ)のうち、入力すると、1週間の表示の部分と特定日のスケジュールの部分の双方に表示されることは、機能上当然である。
  • (カ)については、この表示が設けられていることやスケジュール/ダイアリー表示窓で表示の対象となっている日が1週間の表示の日付をクリックすることによって変わること自体は、アイデアである。
  • (キ)効果音が出るようにすること自体はアイデアである。

そして、上記書式、アイデアなどを具体的に表現した部分(アイコンやボタンの形状、位置、機能の表示方法、効果音の実際の音)などは異なっているので、週表示画面に侵害はないとする。

また、判旨は、その余の後行表示画面についても、先行表示画面の保護範囲にある部分の同一性又は類似性はないとする。

さらに、全体的比較において、週画面、月画面及びアドレス画面が共通に存在し、これら画面を移動可能であり、背景画面が変更可能であり、起動画面の後に週表示画面が表示されることなどについては、週表示、月表示、アドレス帳などという構成は従来の紙製の手帳にもあったものであるし、各画面を移動できることはこうしたインターフェイスが当然有すべき機能であるし、背景画面が変更可能であることや起動画面の後に週画面表示されることも他の管理ソフトに見られるものであるなどとして、侵害を否定している*41

*41 過去においては米国でも同じ様な争点で訴えが提起された事案がある。アップル対マイクロソフト事件では、アップルは、look and feelの類似性を理由に侵害の主張を行ったが、侵害は否定された。これはイメージの類似をいうに等しく、侵害を否定することに異論はないであろうが、当時は、アップルがGUIを特徴としてたOSで先行していたところに、マイクロソフトが同じくGUIを特徴とするOSを市場に出したということで、一般的な意味での模倣であるという感覚は誰もがもったところである。また、ロータス対ボーランド事件では、表計算ソフトのコマンド用語及びその体系の類似性が争われた。1審は、著作物性を肯定したが、2審は、操作方法であるという理由で否定した。最高裁は、4対4で意見が分かれたために、高裁の判断が維持された。これも、現在の理論では、当然、著作物性は否定される事案であろう。

③ グループウェアソフト事件*42

「画面表示」に加え、「画面遷移」に関する著作物性及び侵害の有無が争われた事案である。

判旨は、画面表示の同一性又は類似性に関しては、前掲「PIM事件」同様、共通項目はいずれも創作的な表現といえる部分ではなく、従来から多用されている手法、機能上当然の構成、アイデアの同一性であるといって、侵害を否定する。

また、画面遷移における牽連関係の対象となる表示画面の選択と当該表示画面の選択と組み合わせ(配列)自体も、著作物として保護の対象となることがあると一般論を述べるものの(第2章4、(3)、④参照)、本件におけるその選択・配列の共通部分については著作物性を否定する。

例えば、いずれのソフトもスケジュール、行き先案内、掲示板、施設予約などのアプリケーションを備えているが、同じ目的のソフトである以上これらアプリケーションを備えていることは当然のことであり、そしてトップページからアプリケーションのトップページにリンクすることも当然であって、特徴的なことではないという。また、一覧性や直感性に優れた画面表示の追求、キーボード操作の可及的排除等の基本コンセプトを追求するために、一画面一機能を原則とし、トップページを頂点にした二階層程度までの浅い階層構造を設けること自体はアイデアにすぎず、かつ操作の簡便性・迅速性の観点で浅い階層構造がすぐれていることは構造上の常識であり、各種ソフトで多用されていることであって、この点で創作性ある配列であるということはできないと判示し、その余の共通部分についても創作性を認めることはできないとしている。

*42 東京地裁平成14年9月5日判決(判時1811号127頁、判タ1121号229頁)。尚、本件の仮処分事件で東京地裁平成13年6月13日決定(判時1761号131頁)は、一部について侵害を肯定している。

判例の判断手法

侵害の成否を判断する手法には、まず、先行著作物の著作物性を判断し、そこで確定された保護範囲にある部分の利用が後行著作物にあるかどうかを判断する方法がある(二段階テスト)。これまでは、この手法に従って、侵害の有無の判断を行ってきた。

これに対して、先行著作物と後行著作物の共通部分を先に取り出し、共通部分に先行著作物の保護範囲にある部分があるかどうかを判断する手法をとることもできる(濾過テスト)。上記インターフェイスに関する3つの判例は、いずれもこの手法によって、侵害の成否を判断している。

いずれの方法でもその結論に差異はない(田村概説48頁)が、判断作業の効率性の問題として、先行著作物に著作物性の肯定できる部分とできない部分が複数箇所に分かれて存在し、しかもその決定には多方面からの検討と微妙な判断が要求される場合、こうした作業を行って著作物性の存否を決定したとしても、後行著作物に著作物性が肯定された部分の利用がなければその作業は無駄になるから、こうした事案では濾過テストによることが作業効率の点からは合理的である。

5 建物著作物の保護範囲

「グッドデザイン賞事件」*43において明らかにされているように、建築著作物の著作物性は、建築に通常加味される程度の美的創作性を超えて、文化的精神性を感得せしめるような芸術性ないし美術性を備えた場合だけ肯定されるのであって、一般住宅が備える程度の美的な創作性で要件を充足することはない。(第2章5、(2)参照)。

従って、芸術性ないし美術性を備えた建物に関し、芸術性ないし美術性を備えた部分の利用があってはじめて侵害となる。また、建物の一般的形状、間取りなども保護の範囲外である。

*43 大阪地裁平成15年10月30日判決(判タ1146号267頁)

6 音楽著作物の保護範囲

音楽創作の自由度というものを考える場合、旋律(メロディー)だけを取り上げて1オクターブの範囲の音で作曲することを考えたとしても、例えば10個音が並ぶだけで8の10乗で1,073,741,824通りバリエーションがあることになる。しかも、これに和声(ハーモニー)やリズムの要素も加わるとすると、作曲における自由度は相当に広いといいうるであろう。その意味で、美術著作物と同様に考えてよいことになる。ただ、ある一定のテーマに従った楽曲を作曲する場合に慣用的な旋律がある場合などは自由度が低下することもあろう。

「どこまでも行こう対記念樹事件」*44では、後行楽曲(記念樹)による先行楽曲(どこまで行こう)の侵害の成否が争われた事案であるが、それぞれの楽譜は、以下のとおりである。

本判決は、両楽曲の類似性について、緻密かつ詳細に検討して類似性を肯定しているが、その判断手法を見てみよう*45

*44 平成14年9月6日東京高裁判決(判時1765号96頁、判タ1087号247頁)、尚、原審平成12年2月18日東京地裁判決(判時1709号92頁、判タ1024号295頁)は、(複製権)侵害を否定している。

*45 本判例の評釈として、安藤和宏「音楽の著作物における編曲権侵害の成否」(判例評論531号34頁、判例時報1812号196頁)

i) 楽曲の要素について
楽曲の要素は、一般に、旋律(メロディ)、和声(ハーモニー)、リズムであるといわれる。
これに関して判旨は、楽曲の類似性を判断するにあたっては、和声は、旋律を離れてそれ単独で楽曲として一般に認識されているとは解されず、旋律との比較では、著作物性を基礎づける要素としての独自性が乏しいので、相対的に重視されるべき要素は旋律であるとする。
そして、先行楽曲は、旋律に沿って歌唱されることを想定した、簡素で親しみやすい旋律中心の楽曲であり、付せられた和声は基本3和音による常とう的なものにとどまるから、先行楽曲の特徴は旋律にあるとする。
ii) 旋律の創作性について
上記の通り作曲の自由度は一般に広いが、例えば、子供が歌唱する、簡素で親しみやすい比較的短い楽曲などというと、その旋律には一定の慣用的なパターン(ありふれた、陳腐なといってもよい)があるであろうから、その範囲では自由度が制限されることになる。その意味で、先行楽曲の特徴が旋律にあるとすると、その創作性が問題になる。
この点に関して判旨は、4フレーズを1コーラスとする先行楽曲を全体として見た場合に、その全体の旋律が慣用的に用いられているものとはいえず、旋律全体の構成として考えた場合創作的な表現が含まれているといい、その著作物性を肯定している。
iii) 旋律の類似性について
下記対比譜面は、両曲をともにハ長調に移調し、2分の2拍子である先行楽曲の2小節と4分の4拍子である後行楽曲の1小節が対応するように並べたものであり、下記旋律の対比は、上記の各対応する各フレーズごとに、両曲の旋律を階名で表記したものである。

【第1フレーズ】
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16
フレーズA ド レ ミ ー ー ド シ ー ド レ ド ー ー ー ー ー
フレーズa ド レ ミ ー ー ミ レ ー レ ド ド ー ー ー ー ー
フレーズe ド レ ミ ー ー ー レ ー ー ド ド ー ー ー ー ー
歌詞A (ど こ ま ー ー で も ー ゆ こ う ー ー ー ー ー)
歌詞a (こ う て ー ー い の ー す み に ー ー ー ー ー)
歌詞e (そ れ は ー ー ー た ー ー ぶ ん ー ー ー ー ー)
【第2フレーズ】
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16
フレーズB ド ド ファ ー ー ファ ファ ファ ソ ラ ソ ー ー ー ー ー
フレーズb ド ド ファ ファ ファ ファ ラ ラ ソ? ファ ソ ー ー ー ー ー
フレーズf ド ド ファ ファ ファ ファ ラ ラ ソ? ファ ソ ー ー ー ー ー
歌詞B (み ち は ー ー き び し く と も ー ー ー ー ー)
歌詞b (み ん な で う え た き ね ん じゅ ー ー ー ー ー)
歌詞f (つ ら い と き な き た い と き ー ー ー ー ー)
【第3フレーズ】
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16
フレーズC ソ ソ ラ ー ー ソ ファ ー ソ ラ ソ ー ー ミド ー
フレーズc ソ ソ ラ ー ラ ソ ファ ー ソ ラ ソ ソ ミ レド ー
フレーズg ソ ソ ラ ー ラ ソ ファ ー ソ ラ ソ ー ミ レド ー
歌詞C (く ち ぶ ー ー え を ー ふ き な ー ー が ら ー)
歌詞c (い つ の ー ひ に か ー と お い と こ ろ で ー)
歌詞g (み ど り ー い ろ の ー は っ ぱ ー か ぜ に ー)
【第4フレーズ】
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16
フレーズD ド レ ミ ミ ー ド シー ド レ ドー ー ー ー ー
フレーズd ド レ ミ ー ー ド ラ ー ミ ー レー ー ー ー ー
フレーズh ド レ ミ ー ー ド レ ー ー ド ド ー ー ー ー ー
歌詞D (は し っ ー ー て ゆ ー こ う ー ー ー ー ー ー)
歌詞d (お も い ー ー だ す ー だ ー ろ ー ー ー ー ー)
歌詞h (ゆ れ る ー ー き ね ー ー ん じゅ ー ー ー ー ー)

(注)甲曲の4分音符、乙曲の8分音符を1音とした。
下線部が甲曲と乙曲の旋律上の相違部分である(譜割りのみの相違部分を除く。)。
?、?は両曲に共通の強拍音を示す。
シは導音を示す。

判旨は、これを数量的に分析して、後行楽曲の全128音中92音(約72%)が、先行楽曲の旋律の同じ高さの音が使われているとする。そして、旋律が同じであるか、又は酷似していながら、テンポ等が違うために異なる印象を与える曲として、「クマーナ」と「いいじゃないの幸せならば」、「上を向いて歩こう」と「皇帝」、「夏の思い出」と「歓喜の歌」などがあるとされるが、これらの曲の旋律を対比すると、最も一致率の高い「クマーナ」と「いいじゃないの幸せならば」で約40%にしかならないのであって、本件両楽曲とは比較にならないほど低い数字であり、他方、「ケアレスラブ」とその編曲に係るものとして公表されている「ミルク色だよ」との一致率は、本件両楽曲おける数字と同じ約72%となることが認められるという。そして判旨は、もとより楽曲の類似性がこのように抽象化された数値のみによって計りうるものではないにしても、それでもここでの一致の程度は格段に高く、むしろ原曲を編曲したものとして公表されている楽曲と同程度であることは看過することのできない事情であるという。

iv) 起承転結の構成の類似
さらに、判旨は、両曲の起承転結の構成に関する類似性を検討して次のようにいう。
後行楽曲は、フレーズa~dとフレーズe~hの反復2部形式になっており、前半部分と後半部分の旋律の違いは、フレーズdとフレーズhの後半部分だけであり、その他はほぼ同一の旋律が使われている。そして、その前半部分と後半部分を先行楽曲の旋律の組立てと対比すると、両曲は、各フレーズの3音以上(譜割りを別として音の高さだけに着目すると5音以上)と最後の音が、後述の例外を除いて、すべて一致している。さらに、両曲は、ともにアウフタクト(弱拍)で始まる楽曲であり、各フレーズの3音目と11音目に共通する強拍部(各小節の最初の音)が位置することとなるところ、その強拍部の音は、フレーズdの11音目を唯一の例外として、すべて一致するとする。そして、各フレーズの出だしと終わりの音が一致すること及び両曲に共通する強拍部の音が一致することに関する唯一の例外は、ともに先行楽曲のフレーズDの末尾である11音目以下の音(ド)とフレーズdの末尾である11音目以下の音(レ)の違いであり、これは後行楽曲が反復2部形式という構成であるため、前半部分から後半部分へのつなぎが必要であって、それが故の相違にすぎないとする。
その結果、両楽曲は、単に断片的な一部の音型が一致するというにとどまらず、あるフレーズから次のフレーズに移る楽曲としての組立ての類似性があると判示している。
v) 旋律の相違部分について
判旨は、上の通り、両楽曲の共通点を指摘した後、その相違点についても詳細に検討している。
フレーズAとフレーズa,eとの関係については、フレーズAにある導音(主音の半音下にあって次の主音を導くものであり、導音を旋律に用いると安定的な感じがする反面、余韻や自由さに欠ける面があることなどから、導音を用いるか否かは楽曲の表現上極めて重要であるという指摘がなされている。)を排するなどして新たな創作性が付与されていることは認められるものの、いまだ類似性が否定される程度には至ってないとする。
フレーズBとフレーズbに関しては、譜割りの違いは編曲の範囲にとどまる常とう的な手法にすぎないとして、またその余の旋律の違いも同じ和声の中の装飾的変化であって本質的な違いではないとする。また、フレーズCとフレーズcにおいては量的にも質的にも顕著な差はないし、フレーズDとフレーズdの違いは後行楽曲が反復2部形式を採用したことによることによる違いであって、さほど重要ではないとする。
vi) 和声について
判旨は、和声については次のようにいう。
先行楽曲の和声が基本三和音による三コードの曲であるのに対して、後行楽曲はきめ細やかな経過和音と分数コードの多様に特徴があり、その結果、先行楽曲が明るく前向きな印象を与えるのに対し、後行楽曲は感傷的な思いを生じさせるという曲想の差異をもたらしている。
しかしながら、先行楽曲が簡素で親しみやすい旋律に特徴があり、他方、後行楽曲もその基本的性格は大衆的な唱歌であるから、そこでは歌唱される旋律が主、伴奏される和声が従という位置づけになるのであって、和声の相違が両曲の曲想に差異をもたらしていることは否定できないが、その差異が旋律に着目した場合の両楽曲の特徴の共通性を上回り、その同一性を損なうものにしているというまでには至っていないと判示している。
vii) 結論
判旨は、以上のような検討を加えた上で、後行楽曲は、その一部に先行楽曲にはない新たな創作的な表現を含むものではあるが、旋律の相当部分は実質的に同一といい得るものである上、旋律全体の組立てに係る構成においても酷似しており、旋律の相違部分や和声その他の諸要素を総合的に検討しても、先行楽曲の表現上の本質的な特徴の同一性を維持していると判示して侵害を肯定している。

7 写真著作物の保護範囲

写真著作物に関しては、被写体にレンズを向けてシャッターを切れば、そこに創作性があると理解する(第2章第3節8,(2)参照)。ただ、写真の著作物は、ⅰ)被写体の選択・組成,ⅱ)構図,アングル,光量,シャッター速度の選択と決定,ⅲ)その後の,現像・焼き付けなどの処理において創作的な工夫が行われているものもあるので、創作性の範囲・程度は千差万別であって、その保護範囲は写真ごとに大きく異なることになる。以下、「スナップ写真」、「産業用写真」及び「芸術写真」に場合を分けて検討する。

(1)スナップ写真

インスタントカメラなどで撮影された写真でも、被写体にレンズを向けてシャッターを切っているから最小限の創作性を充足しており、その増製(写真を機械的に複写したり、ネガから焼増しをする。)は侵害となる。ただ、侵害となるのは通常この増製の範囲に限られ、同じ被写体を同様な撮影方法で撮影しても侵害とならない。なぜなら、こうした写真では上記最小限の創作性を除き、被写体の選択・組成、構図、アングルその他の諸要素に関する工夫はありきたりのものであるから、増製の方法によるときだけ、後行写真において先行写真の創作性ある部分の利用があるというべきだからである。そうすると、富士山を被写体に選択し、ある構図、アングルから撮影した先行スナップ写真があるからといって、富士山を同じ構図、アングルから撮影した後行写真(先行写真と全く見極めがつかないくらい同一であったとしても)が侵害となることはないと考えるべきである。

(2)産業用写真

商品カタログ用の先行写真がある場合、商品にレンズを向けてシャッターを切るという限度の創作性はあるから、この写真の増製が侵害を構成することはスナップ写真の場合と同様である。問題は、同一の商品を対象として、同一の構図、アングルから撮影をする場合は侵害となるかどうかである。

この場合、その撮影手法は専門的な創意工夫が要求されるようにも思われるが、商品カタログ用の写真を専門家が撮影すれば、構図、アングル、光量、シャッター速度などは技術的に自ずから定まるものも多く、自由度はそう広くないであろう。従って、この場合も、構図その他の諸要素において撮影者の個性が発揮されている場合は格別、通常の専門的・技術的手法によって撮影されている限り、同一の撮影手法で撮影したとしても侵害は否定され、増製の場合だけ侵害が成立することになろう。

「商品カタログ用写真事件」*46は、商品のカタログを作成するために撮影された写真(被写体は個性のない代替性のある商品で、見た目は同一と考えてよい。)間の侵害の成否が争われた事案である。判旨は、写真の複製を写真の増製に限定し、先行写真と同一の被写体を同様の撮影方法を用いて後行写真を撮影したからといって先行写真の複製にはならないとし、まして、異なる対象物を被写体として撮影したものである場合、被写体が個性のない代替性のある商品であることを理由に複製であると解する余地はないとする。

判旨の結論は妥当であるが、写真の複製すべてを増製に限定した点は正当でないであろう(次の芸術写真を参照)。

*46 大阪地裁平成7年3月28日判決(知裁集27・1・210)

(3)芸術写真

この場合は、被写体の選択・組成からその他の諸要素に至るまで、自由度は無限に広い。したがって、侵害の成否は、先行写真において創作性の認められる部分との比較をすることになるのであって、増製以外の場合でも複製権侵害が肯定されることは当然あるし、翻案権の侵害となる場合もあるであろう。

ただ、写真の創作性の根拠は、撮影方法の工夫に限られるのであって、被写体の選択、組成などに関する創作性は考慮されないという見解がある。

被写体が、景色や人物等のように人為的なものでないときは、被写体自体に特別の創作性が認められないのは当然であるが、被写体の選択、組合せ、配置等に人為的な工夫が施されている場合は、その被写体が著作物として認められるかどうかにかかわりなく、その工夫と撮影方法の工夫を一体のものとして評価の対象とし写真の著作物性を判断すべきであろう。被写体が人為的に構成されるところの工夫(著作物であることを要しない。)と写真の撮影方法で発揮される創作性が一体となったところで創作性の認められる場合もあるのであり、写真の創作性の根拠を撮影方法の創作性に限定する理由はないであろう(反対、田村概説96頁)。

尚、被写体に独自の著作物性がある場合は、その被写体は独自の著作物として扱われることになるのは当然であり、被写体を写真に撮ることによって新たな創作性が付与される場合は、これを二次的著作物として扱うことになる(この点は、田村概説96頁も同旨)。

「西瓜写真事件」は、すいかなどを並べた被写体を撮影した写真に関する侵害の有無が争われた事案である。

「第1審判決」*47の判旨は、写真の著作物性の根拠を撮影方法における創作性に限定し、撮影時刻の決定、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の設定、現像の手法等によって生じた創作的な表現部分には共通性がないと判示した。ただ、この判旨は、先行写真の撮影方法を忠実に再現しながら同一被写体を撮る場合に、先行写真の増製ではなくてもこれを複製であるというものであろう。

これに対して、「控訴審」*48の判旨は、写真著作物における創作性は、最終的に写真として示されているものが何を有するかによって判断されるべきものであるから、被写体の選択、組合せ、配置等に関する創作性もあわせて考慮しなければならないとする。この考え方が、正当であろう。

尚、控訴審判旨は、後行写真は先行写真の表現の一部を欠いているか、改悪したか、あるいは些細な、格別に意味のない相違を付与したかという程度にすぎないとして翻案権侵害を肯定している。

*47 東京地裁平成11年12月15日判決(判時1699号145頁、判タ1018号247頁)

*48 東京高裁平成13年6月21日判決(判時1765号96頁、判タ1087号247頁)

8 映像著作物の保護範囲

動画像については美術著作物と、動映像については写真著作物と同様の判断になる。

9 プログラム著作物の保護範囲

プログラム著作物における保護の対象はプログラミングというレベルの表現であり、解法は保護の範囲外である(第2章12、(3)、③参照)。このように、解法についてあえて著作物性を否定した結果、プログラム著作物に関し翻案とされる範囲は、小説等に比較して極めて狭いことになる*49

さらに、プログラム著作物の場合は、一の結果を効率的に得ることを目的とするものであるから、その具体的表現がある一定の表現に収斂される傾向がある。また、あるアイデアを表現するには、必然的にその表現方法にならざるをえない場合もありうる。したがって、こうした部分を除いた、創作性ある表現部分がだけが保護されるということになるのであって、さらにその保護範囲は狭いものとなる。

裁判例を見る。

*49 中山ソフトウエア121頁。これに対して、紋谷・板東・作花「プログラム著作権とは何か」(有斐閣新書)111頁以下は、元のプログラムにおける具体的な構成、処理手順などは維持しながらも、新たに機能を付加するために別の表現でプログラムを作成する行為には翻案権が働き、元のプログラムに内在するアルゴリズムなどアイデア的なものを参考として全く別のプログラムを創作する行為には翻案権は働かないというが、これは著作権法があえて、解法を保護の対象外である明示したことと相容れない。

① 秀和システムトレーディング事件*50

ベーシック・インタプリター・プログラム(ベーシック言語によってパソコンに入力された命令又はプログラムを逐語的に処理して、命令通りの結果を出力するOSで229のルーチンにより構成されているもの)のオブジェクトコードを16進数のコードに置き換え(ダンプ)、逆アセンブリして解読し、そのソースコードを掲載して出版した事案である。

判旨は、ダンプは本件プログラム著作物の複製物であるオブジェクトコードの複製であり、逆アセンブリして解読したソースコードの蓄積についても複製であるとした。デッドコピーの事案である。

*50 東京地裁昭和62年1月30日判決(判時1219号48頁、判タ631号100頁)

② システムサイエンス事件*51

バイオ関連プログラムの翻案権侵害の成否が問題になった事案である。

判例は、まず共通部分を抽出した後、先行プログラムの創作性のある部分の利用があるかかどうかについて判断している(濾過テスト)。判旨は、プログラムはこれを表現する記号が極めて限定されその体系(文法)も厳格であるから、電子計算機を機能させてより効果的に一の結果を得ることを企図すれば指令の組合せが必然的に類似する部分が少なくないとした上で、本件プログラムが担う作業はプリンタ部分であるところ、ⅰ)「本体側より(プリンタに)データ入力後の処理ルーチン」の指令の組み合わせはハードウエアに規制されるので、どのプログラムでも本来的に同様の組み合わせならざるをえない、ⅱ)先行プログラムの「プリンタ動作不能時の処理ルーチン」はきわめて一般的な指令の組み合わせを採用している、ⅲ)サブルーチンのスタックを区切りよい値にセットすることは常識的である、ⅳ)プログラムにおける「処理の流れ」自体はアルゴリズムで保護を受けない部分であるとして、共通部分に関する先行プログラムの創作性を否定し、翻案権侵害はないとしている。

*51 東京高裁平成元年6月20日決定(判時1322号138頁)、尚、第1審の東京地裁平成元年3月31日決定(判時1322号141頁)も、本争点に関してほぼ同様な判示をしている。

③ 織布情報作成プログラム事件*52

後行プログラムが先行プログラムの翻案か否かが争われた事案である。

後行プログラムは先行プログラムに比べて、ファイルにして79個、コードにして約54,000行大きいプログラムであり、先行プログラムにない新規機能を備えているものであるが、後行プログラムには、先行プログラムと実質的命令だけでなくコメント行までがほとんど一致するファイルが複数個存在し、先行プログラムのソースコードの62%が後行プログラムに使用されているとして、後行プログラムは先行プログラムを翻案したものであると判示している。

*52 大阪地方裁判所平成13年10月11日判決

10 編集著作物の保護範囲

(1)侵害の成否

編集著作物の創作性は、「素材の選択または配列」にある(12条1項)。

従って、侵害が成立するためには、個々の素材の利用ではなく、創作性のある素材の選択又は配列を利用していることが必要である。

以下、裁判判例をみる。

尚、ここでとりあげる事件の先行著作物の著作物性が肯定されることについては、第2章14、(3)、①参照。

① 時事英語用語辞典事件*53

先行用語辞典は、3,000前後の標準的なアメリカ語の単語、熟語、慣用句を使用頻度に従って選択して見出し語としてアルファベット順に配列し、各見出し語に続けて、見出し語を用いた慣用句、文例を付したものであり、後行用語辞典は、約6,500のマスメディアで頻繁に使われる英語の単語、熟語を見出し語として選択して、これをアルファベット順に配列し、見出し語を用いた慣用句、文例を付したものであって、後行辞典による複製権又は翻案権侵害の成否が争われた事案である*54

判旨は、見出し語となる英語の単語や熟語の選択、配列に関しては、両者は素材の選択において相違する部分もかなり多く、また、見出し語ごとの具体的配列においても相当異なっているとして侵害を否定した。

これに対して、選択された文例については、当該見出し語たる単語又は熟語を用いた文章としては、他に多くの異なつた例があると思われるにもかかわらず、先行用語辞典の相当数の文例がそのまま又は一部修正して後行用語辞典に収録されているといって(下記対照表がその一例である。)、文例の選択の点において侵害を肯定している。

*53 「第一審」東京地裁昭和59年5月14日判決(無体集16巻2号315頁、判時1116号123頁、判タ525号323頁)、「控訴審」東京高裁昭和60年11月14日判決(無体集17巻3号544頁)

*54 本件では、1審も控訴審も「編集著作権」の侵害という用語を使うが、編集著作権という概念はないので、編集著作物に対する複製権又は翻案権という言い方が正確である。

② 用字苑事件*55

先行字典は、漢字を正確に表記するための便宜に供することを目的とした字典であって、収録語句の選択に創作性がある編集著作物であり*56、後行字典も同じ目的の字典であるところ、後行字典による複製権侵害の有無が争われた事案である。

判旨は、収録語句の選択に関し、冒頭部分を除くと99%近くの語句が共通しているとして侵害を肯定している。

*55 名古屋地裁昭和62年3月18日判決(判時1256号90頁)

*56 判旨はレイアウトにも著作物性を認め、後行著作物のレイアウトも先行著作物のそれを踏襲しているというが、レイアウトの著作物性について異論があることについて、第2章14、(3)。①、ⅲ)の脚注参照。

③ ウオールストリート・ジャーナル事件*57

先行編集物は英字新聞であり、後行編集物は新聞が発行されるごとに、そこに掲載された記事のほとんどを、要約かつ翻訳して新聞の割付順序と同様の順序で配列した文書であり、要約の翻訳文書による複製権又翻案権侵害の有無が争われた事案である。その一例は下記の通りである。

*57 「第1審」東京地裁平成5年8月30日判決(知裁集25巻2号380頁)、「控訴審」東京高裁平成6年10月27日判決(判時1524号118頁、ジュリスト1111号234頁)

先行新聞(翻訳)
    • ① IBM社、第3四半期及び通年の収益は、アナリストの予測をかなり下回る見込みであることを発表。新型のディスク駆動装置導入の遅れ、機器のリースの広まり、ドル高を理由としてあげる。アナリストの中の多くは、IBM社が高望みをしたためと指摘。影響は1990年以降も続くとのこと 。
    • ② ソニー、コロンビア・ピクチャーズ社の最終買収契約を調印した。買収金額は、1株27ドル、総額34億ドルとなった。映画・芸能会社の役員【P1】氏と【P2】氏をコロンビア社の役員職に任命することが検討されている。
    • ③ ブラニフ航空は、昨日、そのルートの多くで欠航を出し、大財政難であるとの憶測を呼んでいる。昨晩、役員会議が行われたとのことである。
    • ④ オペック会議は、石油市場における価格上昇のための割当制度についての新方式が合意されぬまま閉会した。その代り、現行の制度を前提として、産出高規制が緩和された。メンバーの中には、決定には従わない意向を表明する国もある。
    • ⑤ 【P3】は、企業買収に関する9つの重罪訴因により、4年間の懲役に処せられるとともに150万ドルの罰金が課せられた。
後行要約・翻訳文書
    • A1.IBMの第3四半期及び通年の収益、予想をかなり下回る見込み
    • A2.ソニー、コロンビア・ピクチャーズ社の買収契約に最終的に合意――買収金額は日本企業では市場最高の34億ドル
    • A3.ブラニフ航空がほとんどのルートで航空便を削減――財政逼迫のためとの憶測を呼ぶ
    • A4.OPEC石油輸出国機構、生産上限拡大決定――石油価格引き上げの為の国別割当枠の見直しには合意出来ず
    • A5.企業買収家の【P3】氏に4年間の懲役と150万ドルの罰金判決――不正証券取引等の罪で

判旨は、後行要約・翻訳文書は先行新聞に掲載されている記事を対象としているから、新聞が伝達すべき価値のあるものとして選択されたものが共通しており、また要約・翻訳文書は新聞において用いられている表題と同様の表題のもとにそれぞれ区分されて、新聞における割付順序とほぼ同様の順序で配列されているとし、選択と配列において類似していることを理由に侵害を肯定している。

④ 城の事件*58

先行編集物は、多様なジャンルの文芸作品の中から日本の城を舞台とするもの217個を作者名とともに選択し、これを城ごとに分類、配列した一覧表であり、後行編集物も同種一覧表であり、侵害の有無が争われた事案である。

判旨は、後行一覧表は、初心者向けに、限られた数の城について大衆になじみのある作品、作者を少数選択したものであるのに対し、先行一覧表は、高度の知識を求める読者を対象として、対象とする城も三倍近く、取り上げた作品のジャンルの幅も広く、一般になじみのない作品、作者も取り上げるなど、選択の基準や実際に選択された作品を異にするので侵害はないとする。

*58 東京地裁平成6年4月25日判決(判時1509号130頁、判タ873号254頁)

(2)表現要件の充足性の問題

編集著作物といえども保護されるのは表現であるから、ある編集著作物の選択基準、配列基準と全く同じ基準を用いて別な素材を編集しても侵害にはならないというのが一般的な理解である。すなわち、一定の基準に従い選択され、又は配列された結果としての個々の素材を要素とする表現が保護の対象となるのであって、例えば、先行する東京都職業別電話帳の編集基準を採用して大阪府職業別電話帳を作成しても侵害にはならないということである*59

ただ、単純にそういえるかは疑問がある。裁判例を見てみよう。

*59 加戸講義131頁

① 商品カタログ事件*60

同種商品を掲載した商品カタログ間の侵害の有無が争われた事案である。

判旨は、先行商品カタログにおける商品情報の選択・配列や写真の配列に創作性を認め、後行商品カタログにおいてその選択・配列にいくつかの共通点があるとしながらも、両カタログに掲載されている商品は全く異なる商品(同種ではあるが異なる会社の商品)であるので、素材が異なれば編集著作物に対する侵害はないとする。

表現要件に関する上記の一般的な考え方をそのまま採用したものである。

*60 大阪地裁平成7年3月28日判決(知裁集27巻1号210頁)

② アサバン電話帳事件*61

職業別電話帳の発行を企図する事業者が、六分冊中第一分冊のみを完成させたものの、第二ないし第六分冊は未完成である段階で、第一分冊で示された選択又は配列の指針及び基準と同一の指針及び基準を使って第二ないし第六分冊に掲載予定であった地域の職業別電話帳を作成した行為に関し、侵害の成否が争われた事案である。

判旨は、第二ないし第六分冊がいまだ存在しておらず、従って、思想又は感情を創作的に表現したものとなっていない以上、仮に、近い将来完成される予定であり、どのような編集方針に基づいて編集され、どの区を掲載対象とし、どのような内容となるのかなどが事前に示されていたとしても、電話帳としての具体的な表現が存在しないのであるから、著作権法上の保護を受ける余地はないとしている。前掲判旨と同旨である。

*61 東京高裁平成12年11月30日判決

③ レッスン情報誌事件*62

各種学校の情報やその講座内容を編集して収録した先行情報誌と同種後行情報誌間の侵害の有無が争われた事案である。

判旨は、専攻情報誌の情報の配列方法に創作性を認めながらも、先行情報誌に掲載される広告と後行情報誌に掲載される広告は異なるものであって、素材を異にしているから侵害の問題は生じないとする。これも前掲判旨と同旨である。

尚、本件では、分類・配列の体系が詳細かつ具体的であるから(下記参照)、具体的な素材を離れたこの分類・配列体系自体が編集著作物の表現であるという主張がなされたが、判旨は、素材を離れた体系はいまだアイデアであるとしてこれを排斥している。

*62 東京地裁平成16年3月30日判決(最高裁ホームページ)

④ 会社案内事件*63

上記判例に対して、素材が異なるものの侵害を肯定した判例がある。

本件は、同一の会社に関して作成された先行会社案内(未完成であり、文章が挿入されていない箇所などがある。)と後行会社案内間の侵害の有無が争われた事案であるが、判旨は、先行会社案内におけるイメージ写真の配列や空白部分の配置などに編集著作物としての創作性を認めて著作物性を肯定する。

そして、両会社案内は、記事内容の配列及び各種記事に対する配当頁数の同一という基礎的な共通があり、同一頁の同一箇所においてイメージ写真が掲載されており、そのイメージ写真は被写体は異なるものの特徴的イメージが強度に類似しており、さらに同一頁及び同一箇所において余白ないし白地部分を活用しているという。そうすると、両会社案内を特徴づける構成の類似性からみて、具体的な素材の選択及び配列に強度の共通性があるのであって、これを単なるアイデアの共通性に過ぎないというのは相当ではなく、これによれば、両会社案内の間に編集著作物としての同一性が存することを肯定して差し支えないと判示する。

これは、具体的な素材は異なっているにもかかわらず、両会社案内を特徴づける構成(素材の選択又は配列表現要件充足性の基準)に共通性があるとして侵害を肯定するものである。

表現要件充足性の基準については、次のように考えるべきであろう。すなわち、そこで示された選択又は配列の指針及び基準が具体的かつ詳細であり、具体的素材を選択又は配列するにあたって何らの創作的判断も必要のない程度のものであれば、その選択又は配列の指針及び基準そのものが保護の対象となることがあると考えるべきであろう。なぜなら、具体的素材の選択又は配列を行う作業においては創作性が発揮される余地がないのであり、他方で創作性が見いだせるのは、具体的かつ詳細な指針及び基準の策定における作業であるのならば、この作業の結果作成されたものを著作物として理解すべきだからである。またこのように解さないと、全く創作性を発揮することなく、単に額に汗するだけで編集著作物を作成しうることになって、不当である。さらに、このような理解しないと、データベースの著作物の保護範囲が著しく狭いものになりかねない(次項参照)。そうすると、この場合、具体的に指針及び基準そのものの著作物性(創作性)が検討されるべきであり、かつ後行編集著作物において、その創作性のある部分の利用があるかどうかが検討されるべきである。そして、創作性の判断においては、編集著作物が実用的な性格のものである場合には、保護範囲は相対的に狭くなること図表著作物などと同様であるから、このことを念頭において侵害の成否について判断されるべきである。

こうした考え方を前提にすると、上記会社案内事件においては、同じ会社の会社案内に関するものであり、先行会社案内において、記事内容の配列及び各種記事に対する配当頁数、どの頁のどの箇所にどのようなイメージの写真を載せ、どの頁のどの箇所に余白ないし白地部分を設けるかが具体的かつ詳細に示されており、かつその選択及び配列に創作性を見いだすことができ、後行会社案内はこの具体的かつ詳細な選択又は配列の指針ないし基準を利用している事案であると思われ、侵害を肯定した判旨は正当であろう。

その他の事案に関して例えば職業別電話帳の場合は、職業分類が大分類から小分類まで階層的に積み重ねられ、分類指針及び基準の程度が、後の作業は具体的な職業に従って機械的な割り振りを行うだけという程度に具体的かつ詳細であり、かつその具体的かつ詳細な小分類自体に創作性がある(この判断は実用的目的で職業を分類するという作業の性格に、自由度はさほど広くないから慎重に検討されるべきである。)場合は、小分類自体に著作物性を認めてよいであろう。そしてこの場合、小分類自体に関し侵害の成否が判断されるべきである。

*63 東京高裁平成7年1月31日判決(判時1525号150頁)

11 データベース著作物の保護範囲

(1)侵害の成否

データベース著作物において保護されるのは、創作的な「情報の選択又は体系的な構成」である(12条の2、1項)。

尚、データベースを構成する個々の情報それ自体は保護されないので、特定の情報をダウンロードしたり、プリント・アウトしたりしても権利侵害にはならない。すなわち、データベースの全部、又は「情報の選択または体系的な構成」という要素が残っている一部の利用があってはじめて侵害となる。

以下、裁判例を見る。尚、ここでも、ここで取り上げる事件の先行著作物の著作物性が肯定されることについては、第2章15、(4)参照。

① タウンページ・データベース事件*64

職業別電話帳のデータベース間の侵害の有無が争われた事案である。

判旨は、後行データベースは、先行データベースの職業分類をほぼそのまま利用している(体系的構成を再現している)として侵害を肯定している。

*64 東京地裁平成12年3月17日判決(判時1714号128頁、判タ1027号268頁)

② コアネット事件*65

新築分譲マンション開発業者等が必要とする情報のデータベースに関し、侵害の有無が争われた事案である。各データベースの構造は、下記の通りである。

判旨は、後行データベースが先行データベースの構造と同一である部分を抽出し(濾過テスト)、PROJECTテーブル,詳細テーブル等の7個のエントリーテーブルと法規制コードテーブル等の12個のマスターテーブルを有し,エントリーテーブル内には合計229のフィールド項目を,マスターテーブル内には68のフィールド項目を有しており,期分けID等によって有機的に関連付けられていて,この共通部分だけで、新築分譲マンション開発業者等が必要とする情報をコンピュータによって効率的に検索できるようにするために作成された,膨大な規模の情報分類体系といえるとして、侵害を肯定している。

*65 東京地裁平成14年2月21日判決「コアネット事件」、NBL733号6頁

(2)表現要件充足性の問題

データベースとは具体的な情報の集合体であり、体系的な構成等が準備されただけではデータベースとして保護されないのかどうかが、編集著作物と同様問題になる。

データベースにおいては、通常、あらかじめデータベースに蓄積しようとする情報の種類の選択において、その指針及び基準が詳細かつ具体的に決定され、そこで決定された情報の種類と必要とされる機能に基づき体系的な構成が詳細、かつ具体的に決定され、これによって箱としてのデータベースが完成する。そして、創作的な行為はここで完了しており、あとは詳細かつ具体的に決定された情報の選択における指針及び基準にしたがって具体的データを機械的に入力するだけである。そうすると、データ入力前の段階で、著作物性が肯定されるデータベース著作物が存在していると考えるべきである。

第4 利用方法が著作権法によって禁止されている利用方法か

ここまで、侵害の成否に関して著作物の保護範囲の問題を検討してきたが、侵害が成立するためには、著作物の利用方法が著作権法によって禁止されている利用方法によることも必要である(本章第1節第1参照)。この利用行為の有無の要件に関し、リンクの問題を見ておこう。他人のホームページにリンクを貼る行為が、著作権法上のいかなる支分権を侵害するかという問題である。

リンクとは、例えばAのホームページ(HP)中にBのHPへのリンクがある場合,AのHPにアクセスしたものがそのアイコンをクリックすると、パソコン上の画面にBのHPが表示されるという機能である。BのHPが表示されている時の状態を技術的に見ると、B自らがそのコンテンツを自動公衆送信しているのであって、Aが、BのHPのコンテンツを複製しているわけでもないし、BのHPのコンテンツを自動公衆送信しているわけでもない。すなわち、AによるBのHP内の著作物に対する利用行為はないのである。結局、リンクをはるということは、他人のHP(の中の著作物)の紹介という機能を営んでいるにすぎないのである。

次に,フレーミングという技術を使ったリンクも問題とされている。フレーミングとは、AのHPの一部をフレーム(外枠)として残しながら、その枠内に、BのHPのコンテンツを表示する技術である。そして、この技術を用いて、外枠にAの広告を表示しながら、内枠に他人のHPのコンテンツを表示する場合などに、内枠に表示されているHPの権利者から著作権侵害の主張がなされることがある。ただこの場合も、その状態を技術的に見る限り、AはBのHPのコンテンツの複製も行っていないし、自動公衆送信も行っていない。したがって、著作権侵害の問題は生じていない。

また、ディープリンクといわれるものが問題にされることもある。これは、他人のHPのトップページにリンクするのではなく、その下段にリンクをするものである。こうしたリンクについても、リンクをはられたHPの権利者から権利侵害の主張がなされることがあるが、複製権や自動公衆送信権の侵害はない。

ただ、フレーミングの場合は、氏名表示権の侵害が起こることはあるであろう。氏名表示権は、著作物の提供又は提示(利用行為は不要)の際に働く権利であるからである(第3章第3節2参照)。

第5 侵害行為の態様

最後に、著作権侵害に関し、侵害行為の態様を見ておく。

侵害行為の態様には、①他人の著作物を自分の著作物として利用する場合と②他人の著作物を他人の著作物として利用する場合がある。前者は、他人が書いた小説を自分が書いたものとして出版するような場合で,後者は、著作者は他人であると表示してはいるが、無断で複製物を作成し販売するような場合である。

これらは、いずれの場合も権利者の権利を侵害していることにかわりはない。


第2節 著作隣接権侵害

前節では、著作権の侵害の成否について具体的に検討したが,本節では著作隣接権の侵害について説明する。

著作隣接権の侵害の成否の判断においては、著作権に比べるとさほど難しい問題はない。なぜなら、著作隣接物の場合は、利用される対象は、ある実演家の実演、ある原盤に固定されたレコード、ある搬送波により送信された音又は映像であるから、原著作隣接物の二次的著作隣接物(翻案物)という概念が想定できないので、保護範囲という問題が発生しない。著作隣接物の利用があるかどうかだけの判断で足りるのである。そして、利用があれば依拠があることになる。以下、著作隣接物ごとに見てみよう。

まず、実演の場合は、ある実演家の実演を録音・録画するなどの方法で利用すれば、そのことイコール依拠である。実演の同一性も問題にならない。また、実演の真似は侵害とはならない。

次に、レコードの場合も、そのレコードを音源として複製などして利用すれば、その行為そのものが依拠であり、また同一性も肯定される。むしろ、同じ音を別々に録音して2個のレコード(原盤)が作成された場合は、別個のレコードが作成されただけであって、侵害の問題は生じないことに注意すべきである。

また、放送・有線放送の場合も、放送・有線放送された音又は影像を録音・録画などして利用すれば、その行為自体が依拠であり、同一性があることになる。

このように、著作隣接権の場合は、原著作隣接物の利用があれば、依拠の存在を争いようがなく、かつ二次的原著作隣接物を観念できないので、特別な問題は生じないのである。

ただ、平成14年著作権法改正において実演家に同一性保持権が付与されたことからわかるように、近年の技術、とりわけデジタル技術の発展により、原著作隣接物に変更を加えて利用することが可能になってきている。しかしこの場合でも、当面は、あらたに創作性などが付加された二次的著作隣接物や新著作隣接物の問題が出てくるわけではないであろう。

尚,著作隣接権を侵害する場合は,著作隣接物の根底にある著作物に関する著作権も同時に侵害していることが多くなる。ただ,著作権は侵害しない場合でも,著作隣接権は侵害するという場合もある。例えば,保護期間を徒過したクラシック音楽の音楽CDを録音する場合,音楽著作物に関する著作権は消滅しているが,レコード製作者の有する著作隣接権は,まだ保護期間内にある場合などである(第6章第7節1参照)。


第3節 著作者人格権侵害

本節では、著作者人格権の侵害の成否について検討する。

1 公表権侵害

(1)公表権に関する権利処理と同意推定原則

著作物のビジネス利用に関して権利処理がなされた場合、対象となる著作物を商品化して販売などすることに目的があるのであるから、契約書に明示の規定がなくても、当然、公表に関し許諾があることになる。

著作権法は、著作権譲渡がある場合(権利処理を目的としたものに限らない。)、著作者は、その著作物の利用に際して公衆に提供し、又は提示することに同意したものと推定している(18条2項1号)。

尚、著作者が美術の著作物又は写真の著作物の原作品を譲渡した場合は、原作品を公に展示することに(2号)、29条の規定により映画の著作権が映画製作者に帰属した場合、その利用に際して公衆に提供し、又は提示することに、それぞれ同意したものと推定する(3号)。

(2)裁判例

「三島由紀夫手紙事件」*66では、三島が友人に書き送った手紙を書籍に載せる行為は、公表権を侵害するものとしている*67

*66 東京地裁平成11年10月18日判決(判時1697号114頁、判タ1017号255頁)、東京高裁平成12年5月23日判決(判時1725号165頁、判タ1063号262頁)

*67 三島の相続人の請求であるので、正確には60条の規定によるものである。

2 氏名表示権侵害

著作物の盗用の場合は、複製権又は翻案権の侵害に加え、氏名表示権の侵害になる。すでに表示されている著作者名を表示しながら海賊版を作成する場合は、複製権の侵害にはなるが、氏名表示権の侵害はない。著作物の公衆への提供、又は提示に際して働く権利であるから(19条1項)、著作権侵害行為などなくても氏名表示権の侵害がある場合もある。

尚、著作物の利用の目的及び態様に照らし,著作者の氏名表示権を害するおそれがないと認められる場合には,公正な慣行に反しないかぎり,著作者名の表示を省略することができる(19条3項)。音楽がBGMで使われる場合が典型である。「雑誌ブランカ事件」*68では、雑誌に写真を掲載する場合に、写真の著作者の氏名表示権に関し本条項の規定の適用はないとする。

*68 東京地裁平成5年1月25日判決(判時1508号147頁、判タ870号258頁)

3 同一性保持権侵害

(1)成立要件

同一性保持権侵害の成立要件は、①改変があること、②改変が著作者の意に反するものであること、③やむを得ない改変に該当しないこと、である(20条)。

① 改変

著作物に対する変更、切除その他の改変(変更全般)をいうものであり、新たに創作性が付加されたかどうかとは関係がない。

② 意に反する改変

意に反する改変が禁止されるという趣旨は、侵害の成否を著作者の主観に委ねるということのように読める。これに従うと、客観的にみれば(通常人の目からは)些細な変更であっても、主観的に著作者の意に反するものであれば同一性保持権の侵害になるのであり、判例もこのように理解しているようである*69。ただ、このように解すると、個々の著作者の主観により侵害の成否が決まることになって法的安定性を害することになる。従って、ここでいう主観は、通常・一般人の主観を前提にすべきであろう*70

*69 例えば、「法政大学懸賞論文事件一審」東京地裁平成2年11月16日判決(無体集22巻3号702頁)及び「同控訴審」東京高裁平成3年12月19日判決(判時1422号123頁、知裁集23巻3号823頁)

*70 野一色勲「同一性保持権と財産権」(知的財産権法の現代的課題、紋谷暢男教授還暦記念論文集刊行会、社団法人発明協会)656頁は、改変が著作者の「意に反する」か否かの判断を著作者の主観的な判断に全面的に委ねるとすれば、著作権の制限規定の内容は、改変に対する同一性保持権の主張により著しく不安定かつ減縮したものになり、著作権の制限規定が機能しないことになるといい、また旧著作権法が「その同意なくして」と規定していたのを現行著作権法は「意に反して」と改正しており、その趣旨は、同意がない場合でも「意に反しない」場合は同一性保持権侵害にはならないということであるが、これを個々の主観を問うということになれば立法上の改善点が帳消しになるとして、「意に反する」か否かは客観的に判断されるというが正当であろう。

③ やむをえない改変

改変が種々の理由によりやむをえない改変と認められる場合には、侵害とはならない(2項)。それには、学校教育の目的からみてやむをえない改変(1号)、建築物の増改築等による改変(2号)、コンピュータ・プログラムの利用のためにする改変(3号)、それ以外の場合で、「著作物の性質並びにその利用目的及び態様に照らして」やむをえないと認められる改変(4号)は許容される。

そのうち、3号では、特定のコンピュータでは利用できないプログラムを利用できるようにするための改変とプログラムを効果的に利用できるようにするための改変を許容する。これは、著作権の制限規定である47条の2、1項とあわせて、プログラムの効率的な利用のために便宜を図る趣旨である(第7章第6節1参照)*71

また、4号は一般条項であるが、学説及び判例は、著作者の同意を得ない改変を必要とする要請が、1ないし3号の場合と同程度に存在することが必要であるとして厳格に解釈するのが一般である*72*73

尚、やむを得ない改変を許す20条2項の規定は、改変を行う者に複製又は翻案を行う権限を与えるものではないことに注意すべきである。

*71 中山ソフトウェア保護69頁は、プログラムという実用性の高い経済財につき、立法によりとくに同一性保持権に強い制限を加えたことは極めて妥当とし、プログラムのような経済財から同一性保持権という人格権を事実上放逐したものであるという。

*72 「法政大学懸賞論文事件」東京高裁平成3年12月19日判決(判時1422号123頁、知裁集23巻3号823頁)、斉藤博「概説著作権法」一粒社102頁

*73 こうした解釈に異を唱えるものとして、前掲野一色勲668頁は、20条2項は例外規定ではなく、1項の「意に反して」いる改変に該当しない場合を例示するものと解釈すべきとする。

(2)侵害の成否

以下では侵害の成否を具体的に検討するが、同一性保持権の侵害は、違法複製や翻案がある場合に複製権侵害又は翻案権侵害の主張と併せて主張されることが多い。そして、複製権や翻案権侵害が肯定される場合には、同一性保持権侵害も肯定される場合が多いであろう。なぜなら、違法複製や違法翻案と併せて改変がある場合は、通常、一般人の主観を前提にしても意に反するであろうし、利用の目的及び態様に照らしてやむを得ない改変ということもできないからである。

次に、複製権や翻案権に関し権利処理が行われているにもかかわらず、同一性保持権の侵害が主張されることがあるが、この場合はまず、契約の解釈の問題である。特に、翻案についての権利処理がある場合は、契約の目的を達成できる範囲で同一性保持権の不行使特約があると解すべきは当然である。また、契約の文言上その趣旨が明確でないとしても、やむを得ない改変(20条2項4号)とされる場合が多いであろう。例えば、小説の脚本化を許諾した場合は、一部エピソードの省略などはやむを得ない改変にあたることになる。

最後に、権利制限規定の適用により利用者が権利処理を行うことなく著作物を利用できる場合でも、著作者が同一性保持権の侵害を主張する場合がある。著作権法は、権利制限規定の適用がある場合も著作者人格権は影響を受けないと規定している(50条)ので、権利制限規定の適用があるからといって、改変が無条件に許されることにはならない。この場合も、20条2項の規定の適用があるかどうかを慎重に判断することになる。

以下において裁判例を見る。

① 著作権侵害のある場合
i) イルカ写真事件*74
写真の無断複製の事案であるが、判旨は、上下、左右の一部分を削除(トリミング)して構図に変更をもたらした行為と写真に文字を重ねた行為について同一性保持権侵害を肯定し、CD-ROMから紙媒体に転用したことについてはそれなりに忠実に再現されているとして否定した。
ii) エスキース事件*75
エスキース(建築物のスケッチ)の無断複製に際して、エスキースの濃度を薄くして改変した上、これに広告文を重ねて印刷し、また上下左右の一部分を切除した事案である。著作者は死亡しているので60条違反の問題として主張されている。
判旨は、濃度を薄くして広告文を重ねて印刷した点については同一性保持権侵害を肯定し、切除に関してはその切除幅は左右下部においてはエスキース全体の縦、横の長さの50分の1以下であり、上部の切除幅も全体の縦の長さの20分の1以下であり、上部では建築物屋根上の3本の柱状構築物の先端が一部切除されているけれど、建築物全体に比べると極くわずかな部分であるとして改変を否定した。

*74 東京地裁平成11年3月26日判決(判時1694号142頁)

*75 東京地裁平成12年8月30日判決(判時1727号147頁、判タ1042号269頁)

② 著作権に関する権利処理のある場合
i) 恐竜イラスト改変事件*76
恐竜イラストの複製利用に関しては許諾を得た者が、その色調、輪郭、細部等について変更を加えて複製した事案である。
判旨は、著作物は細部にわたって写実的かつ緻密に描かれたイラストに関し、その特徴である写実性、緻密さが失われるように変更しているので許諾の範囲外であるとして同一性保持権の侵害を肯定している。
ii) スウィートホーム事件*77
映画の利用に関し、著作者人格権を有する映画監督が映画製作者(著作権の保持者)に対し同一性保持権の侵害を主張した事案である。
映画監督は映画をテレビ放送するに際して左右をトリミングすることとコマーシャルを挿入することは同一性保持権侵害であると主張したが、判旨は、前者はやむを得ない改変であり、後者は改変にあたらないとしている。
iii) 法政大学懸賞論文事件*78
大学が大学懸賞論文受賞作(論文)を学内誌に掲載するに際してこれに改変を加えたものであり、掲載には許諾があったとされた(争いがあったが、複製許諾はあると認定)事案である。
大学が行った改変は、ⅰ)予算の都合から論文に割り当てることのできる頁数に納まるように、論文の目次、あとがき中の日付及び文章、付録の調査票及び地図、本文中の引用文言を削除し(以下「削除部分」という。)、ⅱ)新聞用語懇談会が決めた方式に準拠することなどを目的として、「青年団、等」を「青年団等」、「両親」・「きょうだい」を「両親」、「きょうだい」、「現われ」、「決って」を「現れ」、「決まって」(以下「変更部分」という。)などと変更し、また改行を省略した(以下、「改行省略部分」という。)。
1審判旨は、削除部分については、予算上の都合などという専ら大学側の一方的な理由はやむを得ない改変には当たらないと判示したが、変更部分については、一般の表記方法にしたがったものであり、これによって意味内容に格別の違いが生ずるものとは認められないし、改行省略部分も、改行はその前後の文章の内容に照らし必ずしも必然的なものではないし、これらの変更は他の記事との表記の統一を図ったものであるからやむを得ない改変に該当するとした。
これに対して控訴審判旨は、同条2項4号は、著作者の人格権保護に対する例外規定であり、例外として規定されている1ないし3号の場合と対比してこの法定された場合と同程度にその要請が必要な場合に限られるとし(厳格解釈)、新聞用語懇談会が決めた方式に準拠し、一般に通用する用語法に従い、他の掲載論文との表現の統一を図り、また行数の削減を目的するという程度では足りないと判示し侵害を肯定した。
こうした表記の方法や改行は、著作者が熟慮思考した結果であるから、控訴審の判断が正当であろう。
同種事案として、「魔術師事件」*79では、編集者が著作者に無断で、括弧書きの挿入部分の変更、助詞の変更、送り仮名の付し方などの変更を行った事案に関し、同一性保持権侵害を肯定している。
iv) 俳句投稿事件*80
俳句雑誌に投稿した俳句が選者によって添削された上雑誌に掲載された事案(雑誌掲載については許諾がある)であるが、選者が必要と判断したときは添削をした上で掲載することができるとの事実たる慣習(20条の問題とはしていない。)があると判示している。

*76 東京地裁平成10年10月26日判決(判時1672号129頁、判タ994号266頁)、東京高裁平成11年9月21日判決(判時1702号140頁、判タ1057号256頁)

*77 東京高裁判決平成10年7月13日判決(地裁集30巻2号427頁)、東京地裁平成7年7月31判決(判時1543号161頁、判タ897号191頁、知裁集27巻3号520頁)

*78 東京地裁平成2年11月16日(無体集22巻3号702頁)、東京高裁平成3年12月19日判決(判時1422号123頁、知裁集23巻3号823頁)

*79 東京地裁平成13年10月30日判決(判時1772号131頁、判タ1084号301頁)

*80 東京高裁平成10年8月4日(判時1667号131頁)

③ 権利制限規定の適用による場合

ゴーマニズム宣言事件*81は、漫画作品(ゴーマニズム宣言など)を批判する内容の書籍(脱ゴーマニズム宣言)において、漫画のコマ57カットを引用してこれを批判、論評した事案である。引用された一部のコマには人物の顔に目線を施すなどの変更が加えられていたために、引用の成否に加え、同一性保持権の侵害の成否が争われた。

*81 東京地裁平成11年8月31日判決(判時1702号145頁、判タ1016号217頁)、東京高裁平成12年4月25日判決(判時1724号124頁)

第1審

判旨は、漫画のコマの引用は適法であるとした上で(第7章第3節1、(2)参照)、争点となった改変について次のように判示している。

ⅰ)人物の顔に目線を施した点

描かれた人物は、同人がこれを見れば不快を感じる程度に醜く描写されており同人の名誉感情を侵害するおそれが高いので、これを改変することを許容しなければ、当該著作物の引用を断念せざるをえない。そして、描写された人物の両目部分に目隠しを施すという改変方法は、描写された人物の権利を保護するために一般に広く行われている方法であり、また、目隠しは引用者によることが明示されているので、やむを得ない改変に当たるとする。

ⅱ)各コマの配置が変更された点(下段のコマは漫画では一番左端にあったが、書籍では左端のコマを下段に移したものである。)

各コマの読む順序に変更が生じる可能性はないし、そのままのコマ割で引用するために縮小すると、小さな文字で書かれた台詞部分が判読しにくくなるのでやむをえない改変にあたる。

ⅲ)台詞の中の語を丸で囲んで欄外に向かって線を引き、その先に文字を記入した点

もとの内容は完全に認識することができるし、加筆部分を漫画作品の一部であると誤解するおそれはないので、改変がない。

控訴審

判旨は、ⅰ)及びⅲ)については第1審の判断と同様であるが、ⅱ)について次のように判示している。

例えば学術論文において、著作者が改行しなかった箇所を出版者が改行したという例を考えれば分かるように、読み進む順序が変わらないからといって改変に当たらないというものではないとし、本件では、最後のコマの人物の指が示す方向位置関係が変化するので、表現が改変されていることは明らかであるという。

そして、こうした改変がやむをえない改変といえるかどうかを検討し、カットを縮小して引用してもセリフの文字を判読できるようにする方法や、縮尺複製しない場合でもカットの配置を変更しないでレイアウトする方法があるので、本件でのカットの配置を変更したのは、自らの書籍のレイアウトの都合を重視し、相手方の表現を不当に軽視したものでやむをえない改変ということはできないとした。

問題の所在と考え方

しかしながら、被引用部分の文意、趣旨が変わらない限りある程度改変して引用することも認めないと、引用に方法にいたずらに気を使うことになり、批判、論評活動に萎縮効果を生じさせることにもなりかねない。権利制限規定(引用)の適用による場合と違法複製・翻案又は権利処理がある通常の出版の場合とでは侵害の有無を同一のレベルで判断べきではないのであって、本控訴審判決は正当ではないだろう。

尚、「反論文掲載事件控訴審」*82は、評論のために原著作物を引用する際に、一重括弧部分を二重括弧で囲い、又改行をするなどしたためにそこだけ読むと原著作物の文意が正確に伝えられておらず、又句読点を省略するなどの改変があった事案であるが、評論の自由を萎縮させるのは好ましくないとしてやむを得ない改変であるとしている*83。ただし、短歌などを引用するに際しては、これに読点を付すなどの改変は許されないであろう。「文藝春秋あさま山荘短歌改変事件」*84では、短歌に2箇所読点を付した事案であるが、短歌という極めて字数の少ない表現形式に2つもの読点を加え、しかも、この読点の打ち方も理解を助けるものではないとして、侵害を肯定している。

また、「血液型と性格要約引用事件」*85のように要約引用(翻案引用)を認めるとすると(第7章第3節1,(2)参照)、その要約(翻案)は必然的にやむをえない改変ということになる。

*82 東京高裁判決平成5年12月1日、第1審は東京地裁平成4年2月25日判決(判時1446号81頁)

*83 尚、上告審の最高裁平成10年7月17日判決の判旨は、本件で引用とされている部分は原著作物の38行部分をわずか3行に要約したものにすぎず、原著作物の利用がないので引用の問題にはならないという。

*84 東京高裁平成10年5月28日判決(判時1681号104頁)

*85 東京地裁平成10年10月30日判決(判時1674号132頁、判タ991号240頁)

(3)ゲームストーリーの変更と同一性保持権侵害の成否

同一性保持権侵害の成否に関しては、ゲームソフトにおいて議論がある。ゲームストーリーの改変の問題である。

ゲームソフトにおいては、そのゲーム展開はプレーヤの操作によって千差万別に変化するとはいっても、著作者が設定した基本的なゲームストーリーが存在する。また、ゲームストーリーとの関連において、登場人物や武器の能力などについても、著作者が設定した基本的な能力値などが存在する。

ところが、こうした能力値を変更できるプログラムやツールなどが販売され、これらのプログラムやツールなどを使って能力値を高めることによりゲーム展開に変更が加えられる場合に、これはゲームストーリーを改変するものであって、同一性保持権侵害になるかが問題になるのである。

以下、裁判例を見る。

① 三国志事件控訴審*86

プレーヤーが戦国時代の君主となり、戦略を組み立てながら中国統一を目ざすといった内容のゲームであるが、君主、武将にはその能力に関する数値について一定の範囲が設定されているところ、これを超える数値を設定できる能力値変更プログラムが販売された事案である。

判旨は、ゲーム展開が改変されたというためには著作者が設定した千変万化する展開を超えてゲームが展開する必要があるところ、本件ではこの点が立証されておらず、本件プログラムを使っても著作者が設定したゲーム展開の中に収まっているのではないかと思われるので、改変の立証がないとする。

従って、判旨は、この点の立証があれば同一性保持権の侵害を肯定するということである。

*86 東京高裁平成11年3月18日判決(判時1684号112頁、判タ1010号286頁)。1審は東京地裁平成7年7月14日判決(判時1538号203頁、判タ886号284頁)

② ネオジオ事件*87

ネオジオという格闘対戦ゲームにおいて、連射機能が付加されている専用コントローラ(ネオジオのものは連射できない。)を使うと、この連射機能があることにより、シューティングゲームに関しては、ゲームの難易度を下げることになる。逆に、対戦格闘ゲームにおいて「必殺技」を出すにはレバーとボタンの複雑な操作が必要であるところ、連射機能を使うとこれが困難になるという事案である。

判旨は、受像機の画面上に映し出される影像は、個々のプレイヤーの熟練度、好み、操作の仕方等によりきわめて多種多様な変化ないしストーリー展開を予定しているものであり、具体的な影像の変化ないしストーリー展開は、プレーヤーにおいて、コントローラーのレバー、ボタンを操作していかなる方法、タイミングで電気信号を発するかに委ねられているのだから、連射機能を使用した場合でも、その影像の変化ないしストーリー展開は、本来本件ゲームソフトウエアが予定していた範囲内のものであって、改変はないとしている。

*87 大阪地裁平成9年7月17日判決(判タ973号203頁、知裁集29巻3号703頁)、大阪高裁平成10年12月21日判決(知裁集30巻4号981頁)も同旨。

③ ときめきメモリアル事件上告審*88

高校生活を通じた恋愛ゲームであり、入学から卒業までの一定のストーリーのもとゲームが展開し、プレーヤーの人物像もしくは能力についても一定の数値が与えられているが、能力値変更メモリカードを使うと、著作者の設定を超えた数値の入力が可能となるという事案である。

判旨は、以下のとおりである。

本件ゲームソフトにおいては,主人公の能力値が低い段階からスタートし,最も効率よく能力値を上昇させることができたとしても,卒業間近の時点でも一部の能力値を高数値にするのが限度であり、また,能力値が一定値に達する時期までは女生徒が登場しない前提でストーリーの展開が図られているが、本件メモリカードを使用すると,ほとんどの能力値について極めて高い数値の設定が可能となり,その結果,入学当初から本来は登場し得ない女生徒が登場したり、必ずあこがれの女生徒から愛の告白を受けることができるようになる。

ところで、この能力値は主人公の人物像を表現するものであり,その変化に応じてストーリーが展開されるものであるところ,本件メモリーカードの使用によって,著作者が設定した能力値によって表現される主人公の人物像が改変されるとともに,その結果,本件ゲームソフトのストーリーが本来予定された範囲を超えて展開され,ストーリーの改変をもたらすことになるから、本件メモリーカードの使用は,本件ゲームソフトを改変しており,同一性保持権を侵害する。

*88 最高裁平成13年2月13日判決(判時1740号78頁、判タ1054号99頁、民集55巻1号87頁)。尚、原審は、大阪高裁平成11年4月27日判決(判時1700号129頁、民集55巻1号122頁)、第1審は、大阪地裁平成9年11月27日判決(判タ965号253頁、民集55巻1号104頁)

④ 裸体画像事件*89

本件はゲーム展開の改変に関するものではないが、女性キャラクターのコスチューム画像を裸体画像に改変しうる編集ツールを作成し、販売した事案である。

判旨は、画像を改変するものであり、同一性保持権を侵害するという。

*89 東京地裁平成14年8月30日(判時1808号111頁、判タ1114号272頁)

問題の所在と考え方

以上の通り判例は、ストーリー展開や画像等に変更があれば改変があるという。

ところで、上記プログラムやメモリーカードの販売を阻止しようとしても、複製権や翻案権侵害を理由とすることはできない。なぜならば、ゲームストーリー等の変更はRAM上の再生過程において行われるものであって、そこでは複製はないし(第3章第2節第5、1参照)、翻案はあるとしても権利制限規定(43条1号)により許容されるからである。そのため、著作者により同一性保持権侵害の主張がなされるのである。すなわち、権利制限規定の適用がある場合でも著作者人格権に影響を及ぼすものと解釈してはならない(50条)ので、同一性保持権の成否は別途検討する必要が生じる。そして、著作物の提供又は提示もない私的領域内での改変であっても、その変更が著作者の意に反するものであり、やむを得ない改変と認められない限り同一性保持権の侵害となるのが形式的な論理の帰結である*90。そのため、私的領域内での翻案(複製がある場合も同様)としてこれが許容される場合でも、同一性保持権の主張を行えば権利侵害が肯定されることになるのであって、これによって私的領域内の著作物の利用行為に干渉することができるのである。

「ときめきメモリアル事件上告審」も、私的領域内の改変行為に権利が働くべきことを肯定しているものと思われる*91。しかしながら、ここでの改変行為は、私的領域における複製すら伴わない方法で行われているものであって、鑑賞・使用過程での改変行為である。そして、こうした鑑賞・使用行為の過程に法が関与することは、法の過度の介入であって合理的でないし、翻案して複製することまでが許されるにもかかわらず、それに不可避的に発生する改変が許されないとするのは、翻案・複製を許さないのと実質的に同じであろう。したがって、鑑賞・使用の過程での改変行為に関しては、同一性保持権も働かないと解すべきであろう*92

*90 作花詳解220頁は、氏名表示権においては、「その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供もしくは提示に際して」と規定されているように、立法者は公衆への提供・提示との関連に留意しつつ法文を制定しており、同一性保持権は、公衆への提供・提示との関連を問うことなく保護すべきものとして規定しているので、個人的な利用の範囲内における改変であっても同一性保持権の侵害の問題は生じ得る規定ぶりになっているとする。

*91 ただし、本事案では、メモリーカードの輸入者の不法行為責任が問われた事件であり、各ユーザーの行為が同一性保持権侵害になるのかという点については明確な判断を示していない。

*92 ただ、その根拠は、権利濫用などの一般規定によるしかない。作花詳解220乃至221頁では、実質的違法性がないとすべきであるとする。また、小倉編・コンメンタール306頁は、20条2項4号の適用によるべきというが、「やむを得ない改変」という規定ぶりと違和感がある。

(4)改変物に対する利用行為の評価

同一性保持権の侵害は、まさに改変行為そのものが侵害を構成するものであり、改変後の著作物を利用しても、その行為が同一性保持権を侵害するものではない。

例えば、他人によって改変された楽曲を放送局が放送しても、放送局に同一性保持権の侵害があるわけではない*93

*93 「どこまで行こう放送局事件」東京地裁平成15年12月19日判決(判時1847号95頁)


第4節 実演家人格権の侵害

裁判例はない。

侵害の具体的態様について、第6章第2節第8参照