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秘録大東亜戦史事件 東京地裁昭和50年2月24日判決
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【判例ID】   27980286
損害賠償等請求事件
東京地裁昭和四七年(ワ)第二四一八号
同五〇年二月二四日民事第二九部判決
原告 X 外一〇名
右一一名訴訟代理人 森岡秀雄
同 忽那寛
被告 株式会社富士書苑
右代表者 Y
右訴訟代理人 金沢清

       主   文

原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実《省略》

       理   由

一 原告らが本件各著作物をそれぞれ著作したこと、被告が本件出版物にその一部として本件各著作物を編入して複製しこれを発売頒布していることは、当事者間に争いがない。

二 そこで、本件各著作物の著作権が、原告らから訴外F書苑に譲渡された旨の被告の主張について検討する。
〈証拠〉によれば次の事実が認められる。
(一)訴外F書苑は、昭和二八年から昭和三三年ころにかけて、「秘録大東亜戦史」一二巻を、発行者M、編集者T、発行所株式会社F書苑名義で出版した。
「秘録大東亜戦史」は、「海軍篇」ほか一一巻から構成され、更に各巻は多数執筆者の著作に係る各独立した小編から構成されている。「海軍篇」本文三五九頁には、原告ら一一名の著作物一六編及び他の執筆者三名の著作物三編計一九編が編入されている。
(二)ところで、「秘録大東亜戦史」一二巻の編集を担当したM、T、Iらは、その出版前の昭和二七年ころ、多数の新聞記者及び通信社の記者らに右出版物の一部に編入するということで各小編の原稿執筆を依頼した。
  右執筆依頼は、訴外F書苑が、原告ら執筆者から、依頼原稿を、四〇〇字詰原稿用紙一枚につき金三〇〇円ないし金五〇〇円(原告らについては金五〇〇円)の割合で買い取るという約であつた。その契約の際、右買取りの趣旨について特に意思表示はされず、また印税、発行部数及び再版の場合の取扱いなどについての取決めもされず、契約書も作成されなかつた。訴外F書苑は、「秘録大東亜戦史」一二巻のように多数の執筆者の多数の小編を集録する場合、印税契約にすると、各執筆者の著作内容が一部重複しそれをカツトした場合の印税計算をどうするかということや出版完成後の頁数が執筆者により区々に分かれて印税計算が面倒であることなどがあるため、印税契約とせず、原稿を買い取ることとした。
  訴外F書苑は、執筆者から原稿を受領するのと引換えに前記割合の金員を支払つた。

(三)その後、前記編集者らは、右各小編を編集するに当つて、題名は各執筆者によつて付された題名のままとし、各小編にリード及び小見出しを付け、「秘録大東亜戦史」一二巻に編集した。そして、「秘録大東亜戦史」一二巻は、各巻定価金二六〇円、金二八〇円、金三〇〇円あるいは金三八〇円(原告らの著作物が編入された「海軍篇」は,金三〇〇円)で出版発売された。
  右出版後、訴外F書苑と原告らを含む執筆者との間において、支払金額の追加、変更等はされなかつた。 
(四)その後、訴外F書苑は、「秘録大東亜戦史」一二巻の縮刷版(従前のB5判をB6判に縮刷)六巻を出版したが、その際、各小編の従前の題名、小見出しを一部変更し、また内容を一部前後入れ換えたり、原稿の追加をしたりした。
(五)被告は、昭和四三年一〇月ころ、訴外F書苑から、「秘録大東亜戦史」一二巻全部についての著作権の譲渡を受け、「大東亜戦史」全一〇巻に編集して出版した。そのうちの一巻である「太平洋編」(本件出版物)に、「秘録大東亜戦史」の「海軍篇」に編入されていた原告らの著作物(本件各著作物)一六編のほか、訴外Wほか一三名の著作物一六編が集録された。右集録に際し、編集者は、各小編のリードを新しく作成し、見出しを一部変更し、また、内容も一部訂正変更したり、補足したり、写真を追加したりした。
(六)訴外F書苑及び被告会社は、「秘録大東亜戦史」発行後現在に至るまで、本訴請求のほかは、一執筆者から印税の請求を受けたほか、執筆者らから印税請求その他請求を受けたことはない。
  以上の事実が認められ、〈証拠排斥省略〉。
  右認定の事実によれば、訴外F書苑は、原告らから、本件各著作物の原稿を買い取つたものであるところ、原稿の買取りといわれるものにも、著作物掲載の対価としての原稿料の支払いの場合もあるから、買取りということから直ちに著作権の譲渡がされたものと即断することはできない。しかしながら、前認定のとおり、訴外F書苑は、原告らに対し、四〇〇字詰原稿用紙一枚につき金五〇〇円の対価を支払つたものであるところ、いま仮に四〇〇字詰原稿用紙一枚当りの印税相当額を概算してみるに、前認定のとおり「海軍篇」一部の販売価額は金三〇〇円で、その本文の頁数は三五九であるから、一頁当りの販売価額は、右金三〇〇円を右頁数三五九で除した約〇・八三五円となり、〈証拠〉によれば、「海軍篇」一頁当りの字数は、最大限一、一七三字であるから、概略四〇〇字詰原稿用紙一枚当りの販売価額は、前記金〇・八三五円に、原稿用紙一枚の字数四〇〇を「海軍篇」一頁の右字数一、一七三で除した数を乗じた金〇・二八五円余とみることができ、仮に印税率を一割、初版発行部数を五、〇〇〇とすると、右金〇・二八五円に右部数五、〇〇〇を乗じた金額の一割である金一四三円余が、右場合の四〇〇字詰原稿用紙一枚当りの印税相当額、仮に発行部数を一〇、〇〇〇としても、右金額の二倍である金二八六円が、四〇〇字詰原稿用紙一枚当りの印税相当額と概算されるところであつて、原告らに対する四〇〇字詰原稿用紙一枚当りの支払金額五〇〇円が、印税相当額を大幅に上回るものであるとみられること、更に原告らに対する支払いは、「秘録大東亜戦史」一二巻の編集出版前原稿と引換えにされ、出版後訴外F書苑と原告らを含む執筆者らとの間において支払金額の追加変更等もされなかつたこと、発行部数、再版の場合の取扱いなどについて何らの取決めもされなかつたこと、原告らのほかには「秘録大東亜戦史」の執筆者のうち一名の者から印税請求があつたほか、その後の「秘録大東亜戦史縮刷版」及び「大東亜戦史」の出版に対し現在に至るまで各執筆者から印税その他の請求がないこと、「秘録大東亜戦史」一二巻が多数執筆者の小編を編集したものであることその他前認定の各事実を併せ考えると、原告らから訴外F書苑に対し、本件各著作物について、少なくとも出版物について複製する権利の譲渡がされたものと認めるのが相当である。
  原告らは、原稿の買取りが著作権譲渡を意味することはない旨主張するところ、原稿の買取りが直ちに著作権譲渡を意味しないことは前説明のとおりであるが、著作権譲渡であるか否かは、原稿の買取りということのみから直ちに判断されうることではなく、その際の契約当事者間の具体的な契約内容に関する意思解釈にかかる事実認定の問題であつて、原稿買取りであるからといつて、著作権譲渡でないとすることはできない。本件各著作物についての訴外F書苑と原告らとの契約内容は前認定のとおりである。原告らの右主張は、理由がない。
  更に、原告らは、訴外F書苑と原告らとの契約が出版権設定の場合を仮定して被告に本件出版物を出版する権限がない旨主張するが、両者の契約が出版についての複製権の譲渡であることは前認定のとおりである。原告らの右主張も理由がない。
  以上のとおりであるから、本件各著作物の著作権が、原告らから訴外F書苑に譲渡された旨の被告の主張は、出版についての複製権が譲渡されたとの前認定の限度において理由がある。
三 よつて、原告らが本件各著作物について出版についての複製権を有することを前提とする原告らの本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を各適用し、主文のとおり判決する。
(荒木秀一 清水利亮 野沢明)
〈目録(一)〜(四)省略〉


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