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発光ダイオード論文事件 大阪地裁昭和54年9月25日判決
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【判例ID】   27755045
名誉回復措置等請求事件
大阪地裁昭四八(ワ)第四七〇七号
昭54・9・25第一七民事部判決
原告 X
右訴訟代理人 永岡昇司 外一名
被告 Y1
被告 松下電器産業株式会社
右代表者 Y2
右両名訴訟代理人 高橋武 外三名

       主   文

原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

       理   由

一 原告が、昭和三六年四月、名古屋大学理学部化学科を卒業して被告会社に入社し、被告会社の無線研究所において研究活動に従事してきたものであること、被告Y1が、昭和三四年四月、東京大学工学部応用物理学科を卒業して被告会社に入社し、被告会社の無線研究所において研究活動に従事してきたものであること、被告Y1が、昭和四七年四月に、東京大学に対し、「CdTeとMgTeの混晶による発光ダイオードの研究」と題する本件学位論文を提出し、同四八年一月一八日、同大学から工学博士の学位を授与されたこと、被告会社が、資本金四五七億五〇〇〇万円、従業員約六万人を擁し、通信機械器具及び電気機械器具の製造販売等を目的とする株式会社であつて、多数の技術者、研究者を雇傭し、大阪府門真市に無線研究所を置き、同所で従業員に研究活動をさせていたこと、以上の事実については、当事者間に争いがない。
二 次に、原告が、かねて被告会社の無線研究所において、MgTeーCdTeについての調査をしてきたが、昭和三九年一一月頃から、カドマテライト(CdTeとMgTeの混晶)の合成実験を始め、昭和四〇年五月には、カドマテライトが可視EL(可視電場発光)など光半導体としてすぐれた性質をもつていることを発見し、昭和四三年三月三〇日、原告を発明者とするカドマテライトを半導体材料とした特許出願公告(昭四三ー八三六一号)がなされたこと、さらに、昭和四〇年一一月には、被告会社無線研究所基礎第二研究室(室長Z1)において、責任者Z1の外、被告Y1や原告を含むカドマテライトの研究グループが編成され、以後、昭和四三年一一月に右グループが解散されるまでの間、右研究グループの一員として研究を進めてきたこと、この間、原告が昭和四〇年一二月二九日に被告会社の無線研究所内の研究報告書(乙第二号証)を発表し、被告会社内の第四八回技術発表会(同年一二月)にも、「CaTeーMgTeの合成とその性質」と題する報告をし、(乙第六号証)、昭和四一年一〇月には、第一一回人工鉱物討論会において、「CdTeーMgTe固溶体単結晶の育成とその性質」を発表し(甲第二号証)、昭和四一年一一月三〇日に無線研究所内の研究報告書(乙第三号証)を発表し、昭和四二年には、日本物理学会誌に「固溶体Cd1ーxMgxTeの合成と性質」なる論文(甲第三号証)を発表したこと、被告Y1の著作にかかる本件学位論文中の要旨の部分に、「本研究はこのような状況下で着手され、2ー6化合物としては新しい材料であるCdTeーMgTeの混晶に着目し、その注入型電場発光の研究と可視発光ダイオードとしての実用性の検討を目的として行なわれた。」との記述があること,また、本件学位論文中には、別紙(一)の(一)ないし(六)の各上段に記載の通りの記述があり、原告の著作にかかる乙第二、三号証、甲第三号証中には、別紙(一)の(一)ないし(六)の各下段に記載の通りの各記述があること、以上の事実については、いずれも当事者間に争いがない。
三 そこで、次に、被告Y1の著作にかかる本件学位論文が、原告主張の如く、原告の著作にかかる乙第二、三号証、甲第三号証に対する原告の著作者人格権等を侵害するものであるか否かについて判断する。 
  著作権法は、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定めているところ(同法二条一項一号参照)、右にいわゆる著作物として著作権法が保護しているのは、思想、感情を、言葉、文字、音、色等によつて具体的に外部に表現した創作的な表現形式であつて、その表現されている内容すなわちアイデイアや理論等の思想及び感情自体は、たとえそれが独創性、新規性のあるものであつても、小説のストーリー等の場合を除き、原則として、いわゆる著作物とはなり得ず、著作権法に定める著作者人格権、著作財産権の保護の対象にはならないものと解すべきである(アイデイア自由の原則)。殊に、自然科学上の法則やその発見及び右法則を利用した技術的思想の創作である発明等は、万人にとつて共通した真理であつて、何人に対してもその自由な利用が許さるべきであるから、著作権法に定める著作者人格権、著作財産権の保護の対象にはなり得ず、ただそのうち発明等が著作者人格権・著作財産権とは別個の特許権、実用新案権、意匠権等の工業所有権の保護の対象になり得るに過ぎないと解すべきである。もつとも、自然科学上の法則やその発見及びこれを利用した発明等についても、これを叙述する叙述方法について創作性があり、その論理過程等を創作的に表現したものであつて、それが学術、美術等の範囲に属するものについては、その内容とは別に、右表現された表現形式が著作物として、著作者人格権・著作財産権の保護の対象となり得るものと解すべきである。以下これを本件についてみると、次の通りである。
1 原告主張の請求原因3の(1)の点について、
  原告は、CdTeーMgTeの本件混晶に着目し、それが可視発光材料として、しかも、PN両型を示す材料として考え出し、その研究に着手したのは、原告であるにも拘らず、本件学位論文では、それが被告Y1の独創的研究として受けとられるように記述されているし、また、本件学位論文中、本件混晶を選んだ理由や、本件混晶が可視発光ダイオード材料を目的の一つとして考え出されたアイデアに関する解説の部分の記述も、原告の著作である乙第二号証、同第六号証等の記述を利用したとし、これに対する原告の著作者人格権を侵害したと主張している。しかしながら、右原告の主張するような事実は、いずれも、誰が最初に原告主張の研究等をしたかという事実に属することか、或いは、自然科学上の法則の発見ないしこれを利用した発明に属する事柄であるというべきところ、前述の通り、単なる事実は勿論、自然科学上の法則やこれを利用した発明については、著作者人格権、著作財産権の保護の対象にはなり得ないのである。のみならず、本件学位論文中に、CdTeーMgTeの本件混晶に着目し、それが可視発光材料として、しかもPN両型を示す材料として考え出し、その独創的な研究をしたのは、被告Y1であるというような記述があるとの趣旨を窺わせる原告本人尋問の結果はたやすく信用できず、却つて、〈証拠〉によれば、本件学位論文中には、右の如き趣旨の記載はないことが認められるし、また、〈証拠〉によれば、本件学位論文中、原告の指摘する部分と原告の著作にかかる乙第二号証(一ー四頁)、乙第六号証(一九頁)は、その表現形式を異にしていることが認められる。
  してみれば、本件学位論文中、原告主張の請求原因3の(1)に記載の部分については、何ら原告の著作物である乙第二号証、同第六号証に対する原告の著作者人格権を侵害するものではないから、右著作者人格権を侵害したとの原告の主張は失当である。
2 別紙(一)の(一)(二)記載の部分について
(1)原告の著作にかかる本件学位論文中、別紙(一)の(一)に記載の部分は、可視発光ダイオードを得るには、バンドギヤツプの大きい物質を選ばなければならないこと、この点2ー6化合物は3ー5化合物よりも適しているが、2ー6化合物のなかには、CdTe以外に低抵抗のP型及びN型を示す化合物がないこと、MgTeの結合半径比は、一、〇九でCdTeの一、一二に近く、P型とN型のいずれであること、MgTeは空気中において不安定であるので、これを安定化する化合物とするため、CaTeとの混晶が考慮されたこと、MgとCdの結合半径は、1.441.48であるため、CdTeとMgTeの固溶体を作り易いこと、CdTeとMgTeの混晶の結合半径比から固溶比の全域でPN両型を得られる可能性があること、等のことが記載され、原告の著作にかかる乙第二号証中別紙(一)の(一)に記載の部分も、内容的には概ね右と同一のことが記載されていることは、右各記載自体から明らかである。
また、本件学位論文中別紙(一)の(二)に記載の部分には、MgTeはウルツ鉱型構造をもち、Mgのカルゴゲナイドで四面体構造をもつものはTeの化合物のみであること、その他、MgTeの構造や格子定数、原子間距離、バンドギヤツプ、その他の性質から、PN両型が得られる可能性があること、しかし、MgTeの半導体としての性質はほとんど知られていないこと、その主な原因は、空気中でも不安定という化学的に活性な性質によつており、空中の水分と反応してテルル化水素を発生し、水とは爆発的に反応を起すこと、CdTeは2ー6化合物中唯一のPN両型を示す材料であること、そのドナー不純物としてはAl、Ga、Im、アクスプター不純物としてはP、As、sbなどがあるが、アクセプターとしては満足なものがないこと、CdTeは閃亜鉛鉱型(Zimblend)
構造で、MgTeと結晶構造は違つているが、最近接原子配置は同じであるから、結合の性質は似ていると考えられること、等のことが記述されており、乙第二号証中別紙(一)の(二)に記載の部分にも、概ね右と同一内容のことが記述されていることは、右記載自体から明らかである。
  ところで、本件学位論文及び乙第二号証のうち別紙(一)の(一)(二)に記載されている部分は、その記載自体に照らし、自然科学上の法則ないしMgTeーCdTeその他の物質の構造、性質等に関する記述であるところ、前述の通り、このような自然科学上の法則ないし物質の構造、性質等の記述については、その創作的な表現形式(説明方法)が著作者人格権、著作財産権保護の対象となることは格別、その内容自体については、それが仮に原告が最初に着想した独創性のあるものであつても、著作者人格権・著作物利用権保護の対象となるものではないと解すべきであるから、本件学位論文のうち別紙(一)の(一)(二)に記載の部分が乙第二号証中別紙(一)の(一)(二)に記載の部分と、その記述内容がほぼ同一であるからといつて、本件学位論文の右部分が乙第二号証に対する原告の著作物公表権、氏名表示権を侵害するものではないというべきである。
(2)次に、自然科学に関する論文中、単に自然科学上の個々の法則を説明した一部分については、同一の事柄でも種々の表現方法のある一般の文芸作品とは異なり、その性質上その表現形式(方法)において、個性に乏しく普遍性のあるものが多いから、当該個々の法則の説明方法が特に、著作者の個性に基づく創作性のあるものと認められる場合に限つて著作者人格権・著作財産権保護の対象になるものと解すべきところ、乙第二号証中別紙(一)の(一)(二)に記載の部分が、MgTe,CaTeの構造、性質、その他の科学上の法則を説明する方法として、原告がこれを創作的に表現したものであつて、その表現形式(説明方法)が著作者人格権・著作財産権の保護の対象となり得るものであることを認め得る証拠はない。のみならず、本件学位論文中別紙(一)の(一)(二)に記載の部分と乙第二号証中別紙(一)の(一)(二)に記載の部分とは、その内容においては、前述の通り、概ね同様のことが記述されているけれども、その叙述の順序は必ずしも同一ではなく(別紙(一)の(ニ)に記載の部分も本件学位論文では(ロ)(イ)(ハ)の順序に記述されているのに対し、乙第二号証では(イ)(ロ)(ハ)の順序に記述されている)、その用語も大部分異なつているのであつて、その表現形式(説明方法)も全体として異なつていて、右表現形式に同一性のないことは、その記載自体及び前掲乙第一、二号証に照らして明らかである。また、右記述の形式及びその内容に照らして考えれば、本件学位論文中別紙(一)の(一)(二)に各記載の部分は、原告の著作にかかる乙第二号証中別紙(一)の(一)(二)に記載の部分の記述の順序や排列、用語の一部を変えてこれをいわゆる改作利用したものとは到底認め難く、むしろ、本件学位論文中右の部分の表現形式は、乙第二号証の表現形式とは異なつた別個のものと認めるのが相当である。もつとも、本件学位論文中別紙(一)の(二)に記載の部分は、乙第二号証中別紙(一)の(二)に記載の部分と、その表現形式において近似している部分もあるが、前述の通り、本件学位論文と乙第二号証とは、右部分における記述の順序が同一でないところ、被告Y1本人尋問の結果によれば、被告Y1は、別紙(一)の(二)に記載されている事項の説明については、まず、CdTeの構造・性質等の説明をし、ついでMaTeの構造・性質等について説明をし、その後に、CdTeーMgTeの混晶の可能性について説明するのが合理的であると考え、右の順序に従つて本件学位論文中右の部分の記述をしたことが認められるから、前述の通り、別紙(一)の(二)に記載の部分についても、本件学位論文は、乙第二号証を改作利用したものではないというべきである。
  なお、本件学位論文中別紙(一)の(一)(二)に記載の部分と乙第二号証中別紙(一)の(二)に記載の部分のなかには、「MgTeがウルツ鉱型構造を有している。」とか、その他、「原子間距離は、2・76A、2・77Aである。」「Mgのカルコゲナイドで四面体構造を有するものはTe化合物だけで、他の化合物は岩塩構造をもつている。」、「(MgTeが)化学的に活性で水とは爆発的に反応を起す。」、「CdーTe,MgTeの原子間距離はそれぞれ2・81、2・77A」等、ほぼ同一の用語の使用されている部分があるが、右各用語は、単に物質の性質を現わしたもので、思想・感情を表現したものとは解し難いのみならず、右用語は原告が創作的に考え出したものであつて、著作者人格権・著作財産権の保護の対象になり得るものであることを認め得る証拠はなく、却つて、他に特段の立証のない本件においては、右用語自体に照らしてみれば、右用語は、自然科学上の法則ないし物質の構造、特質を説明するための普遍性のある用語であると認めるのが相当であるから、乙第二号証中の右用語が他の部分から独立して著作者人格権・著作財産権の保護の対象になるものとは到底認め難いのである。
  してみれば、本件学位論文中、別紙(一)の(一)(二)に記載の部分が、乙第二号証に対する原告の著作物公表権や氏名表示権を侵害するとの原告の主張は、右の点においても失当である。
(3)のみならず、〈証拠〉を総合すると、次の如き事実が認められる。すなわち、
(イ)被告会社の無線研究所物性第二研究室では、昭和三八年九月頃、Z1室長を担当責任者として、訴外Z2、同Z3及び被告Y1らが「キヤリヤ注入と電場発光」という題目の下に、主として、2ー6化合物である硫化カドミウム(CdS)の電場発光を研究することになつたこと(乙第一六号証の一ないし四参照)、
  ついで昭和三九年一一月頃からは、同じくZ1室長を責任者として、2ー6化合物の半導体研究をすることになり、2ー6化合物を主体としたバンドギヤツプの大きい半導体の物性及びPN接合による注入電場発光(インジヤンクシヨンEL)の研究をすることになつたこと(乙第一七号証の一参照)、
  そして、昭和四〇年五月頃からは、原告、訴外Z4、同Z5らがCdTeーMgTeの混晶の製法、同混晶のN型化、P型化の研究をし(乙第一七号証の(三))、同年一一月頃から訴外Z1、被告Y1、訴外Z4、同Z3、原告らがCdTeーMgTeの混晶による発行ダイオードの研究がなされるようになり(乙第一七号証の四参照)、さらに昭和四一年五月頃からは、右Z1、Z4、Z3及び被告Y1らが、Cd1ーxMgxTeのPN接合を作り、可視光を得ること、また、電場発光(EL)に利用することを期待して、ZnSeーMnSe固溶体の性質を知ること等についての研究に着手したこと(乙第一七号証の五参照)、
  被告会社の無線研究所では、その後も、右の研究を続け、昭和四二年一一月頃からは、被告Y1がカドマテライト(CdTeーMgTeの混晶)の発光についての研究を、原告がカドマテライトの単結晶についての研究を行なつていたこと、
  したがつて、2ー6化合物であるCdTeーMgTeの混晶を作り得ること、右混晶はPN型の可視発光の半導体材料となり得ること等の原理その他別紙(一)の(一)(二)の記載の事項については、原告が最初にこれを考え出したか否かの点は暫く措くとしても、その後右研究が進むに従い、被告Y1ら被告会社の無線研究所の研究員らの間で、右の点について討議がなされ、右研究員らにとつては一般的な知識となつていたこと、
(ロ)原告は、昭和四〇年五月三一日、CdTeーMgTeの混晶による半導体材料の特許出願をし、昭和四三年三月三〇日その出願公告がなされているが(甲第一号証)、右特許公報のなかには、MgTeは、バンドギヤツプが四・七エレクトロンボルトで可視光を得る半導体として有望であるが、化学的に不安定で空気中において分解し得ること、MgーTeは、相互に四面体構造をもつているので、岩塩構造をもつCdTeと結合性が大きいこと、CdTeは、2ー6化合物中、よく知られた半導体であるが、そのバンドギヤツプは一・五エレクトロンボルトで低いこと等のことが記述されていること、
  また、原告は、昭和四〇年一二月に、被告会社の技術発表会で、「CdTeーMgTeの合成とその性質」と題する研究発表をし(乙第六号証)、昭和四二年二月頃にも、同様の論文(甲第三号証)を発表していること、
(ハ)一方、被告Y1も、原告や訴外Z4、同Z1と連名で、アメリカ合衆国に対し、MgTeーCdTeの混晶による注入型電場発光ダイオードに関する特許出願をし、昭和四三年一一月二六日、その登録がなされ(乙第七号証)、同じく我が国においても、右と同様の特許出願をして、昭和四五年五月二六日にその出願公告がなされていること(乙第八号証の一、二)、
  また、被告Y1は、原告及び訴外Z4、同Z3と共同で、昭和四二年発行の日本応用物理学会誌に、「Cd1ーxMgxTeのPーN接合から可視電場発光」と題する論文(乙第九号証)を、被告Y1単独で、昭和四二年一一月三〇日に、「カドマテライトの研究(副題はELランプの試作)」と題する研究報告書(乙第一〇号証)を、訴外Z1と共著で昭和四三年四月、アメリカ合衆国の雑誌に、「2ー6化合物と注入型電場発光」と題する論文(乙第一一号証)を、原告と共同で、昭和四四年三月に発行の日本応用物理学会誌に、「Cd1ーxMgxTeにおけるPーN接合の製作と電場発光の性質」と題する論文(乙第一二号証)を、同じく原告と共同で、昭和四三年一一月二九日に、被告会社の無線研究所宛の「カドマテライト(Cd1ーxMgxTe)の研究(2)と題する研究報告書(乙第一三号証)を、被告Y1単独で昭和四四年七月発行の日本応用物理学会誌に、「室温に於るCd1ーxMgxTePN接合のキヤリヤ注入と発光の機構」と題する論文(乙第一四号証)を、原告及び訴外Z1と共同で、昭和四四年四月に、Cd1ーxMgxTeの発光ダイオード」と題する論文(乙第一五号証)を、それぞれ作成し発表していること、
(二)そして、被告Y1らの発表した右各研究報告書や論文のなかには、本件学位論文中別紙(一)の(一)(二)に記載されていることの一部が記載されているものもある外(例えば、乙第七号証、同第一二号証、乙第一五号証等)、右各研究報告書や論文等は、CdTeやMgTeの各性質その混晶の得られる科学上の原理等、別紙(一)の(一)(二)に記載されている自然科学上の諸法則等を当然の前提としたものであつて、この点からするも、右自然科学上の諸法則等は、本件学位論文が作成された昭和四七年四月当時においては、原告や被告らの研究者間では、一般的に知られた常識となつていたといえること、

(ホ)なお、被告Y1は、MgTeの格子定数や原子間距離等については、原告が平素から研究していた結果や原告の作成した乙第二号証の研究報告書等を参考にしたところから、本件学位論文(乙第一号証)中四七頁八行目以下の「一方、MgTeはWurtaiteの構造をもつており、格子定数は、a‥4・53A、C‥7・36Aである。また、MgーTe間距離は二・七六A、二・七七Aである。」とある部分に注の「9」として、「伊藤幸二‥私信」を掲げ、右部分については、その出所を明示していること、なお、当時乙第二号証の研究報告書は、被告会社に提出されたもので、秘密扱いになつていたから、これを参考文献として表示することは困難であつて、右の如く、「「伊藤幸二‥私信」とする以外にその出所を表示をする適切な方法はなかつたこと、
  以上の如き事実が認められる。
(なお、著作権法三二条は、公表された著作物については、これを引用して利用できるとしているところ、乙第二号証は、前述の通り、被告会社以外の外部に一般的に公表されたものではないが、原告がこれを作成して被告会社に提出したものであるから、原告と同様に被告会社の従業員であつてその無線研究所に所属する被告Y1らは、右乙第二号証については、公表された著作物に準じて、そのうち著作権法保護の対象になる部分についても、これを引用して利用できるものと解すべきである。)
  してみれば、本件学位論文中、別紙(一)の(一)(二)に記載されていることは、本件学位論文が発表された当時、既に原告や被告Y1その他の研究者に一般的に知られていた科学上の知識であり、かつ、その一部については、原告の私信という形でその出所を明示しているから、この点からするも、本件学位論文は、乙第二号証に対する原告の著作物公表権、氏名表示権を侵害するものではないというべきであつて、右の点に関する原告の主張は失当である。
(4)なお、原告は、CdTeーMgTeの本件混晶について、これを人工的に作り出し得ると考え、その研究に着手し、かつ、その性質等を明らかにして説明したのは原告であつて、乙第三号証中別紙(一)の(一)(二)に記載の部分は、これを記述したものであるところ、被本Y1は、本件学位論文において、その出所を明示することなく右と同一の記述をして、被告Y1が最初に本件混晶についてのアイデアを考え、その研究に着手したように記述をしたから、乙第二号証に対する原告の著作物公表権・氏名公表権を侵害するものであるとの趣旨の主張をしている。しかしながら、原告が最初に本件混晶を人工的に作り得ることを考え、その性質等に関する説明を最初にしたとしても、そのことは、著作者人格権・著作物財産権の保護の対象にはならないのであつて、ただその内容が特許権や実用新案権等の保護の対象になるに過ぎないと解すべきである。けだし、前述の通り、著作者人格権、著作物財産権は、思想、感情を創作的に表現した表現形式を保護するものであつて、万人にとつて真理である自然科学上の法則やその記述内容及びこれを最初に発見した者が誰であるかというようなことなどは、その保護の対象ではないからである(このようなことは、原著作物を示す等の方法により、別途に容易に証明し得ることである)。したがつて、右の点に関する原告の主張も失当である。
3 別紙(一)の(三)に記載の部分について
  本件学位論文及び乙第二号証中、別紙(一)の(三)に記載の部分は、いずれもMgーCdの合金とTeから合成する方法を記載したものであつて、単なる事実ないし自然科学上の発明発見に属する部類の記載であることは、右各記載自体から明らかであるから、前述したところから明らかな通り、右記述の内容自体については著作者人格権・著作財産権の保護の対象とならないものというべきであるし、また、右合成方法を最初に試みたのが原告であるとしても、そのこと自体も何ら著作者人格権・著作財産権の保護の対象となるものではない。しかも、乙第二号証中別紙(一)の(三)に記載の部分の表現形式が原告の独創的な創作に基づくものであつて、右部分が乙第二号証の他の部分から独立して著作者人格権・著作財産権保護の対象となると認め得る証拠はないのみならず、本件学位論文中別紙(一)の(三)に記載の部分と、乙第二号証中別紙(一)の(三)に記載の部分とは、その用語も記述の順序も異なつていて、その表現形式が異なり、その間に同一性のないことは、右各記載自体に照らして明らかであるし、さらに、右記述の形式及び内容に照らして考えれば、本件学位論文中右の部分が乙第一号証を改作利用したものとは到底認め難いのである。してみれば、本件学位論文中別紙(一)の(三)に記載の部分が乙第二号証に対する原告の著作物公表権を侵害するものとはいい難いから、右公表権を侵害するとの原告の主張は失当である。
4 別紙(一)の(四)に記載の部分について
  本件学位論文及び乙第二号証中、別紙(一)の(四)に記載の部分は、Cd0.65Mg0.35Te,Cd0.5Mg0.5Te,Cd0.25Mg0.75Te等の混晶がラウエ写真では六方晶系の対象性を示すことや、格子定数の計算結果、吸収端波長の測定結果、吸収端波長と固溶体(混晶)の関係を記載したものであつて、右は、いずれもCd1ーxMgxTeの混晶の結晶構造その他自然科学上の法則等を記述したものであることは,右各記載自体から明らかであるから、右記述の内容については、著作者人格権・著作財産権保護の対象にはならないものというべきである。また、乙第二号証中別紙(一)の四に記載の部分の表現形式が原告の独創的な創作に基づくものであつて、右部分のみが乙第二号証の他の部分とは別個に著作者人格権・著作財産保護の対象になるものであることを認め得る証拠はないのみならず、被告Y1の著作にかかる本件学位論文と原告の著作にかかる乙第二号証とは右結晶構造その他の自然科学上の法則を記述する表現形式も、全体的にこれを異にしていてその間に同一性のないこともその記載自体に照らして明らかである。なお、本件学位論文及び乙第二号証中には、「立方晶系と思われる対象性を示す」とか、「粉末回折では立方晶系である」という用語が使用されているが、右用語は、単に物質の性質を現わしたものであつて、思想・感情を現わしたものとは解し難いのみならず、右用語自体が原告の独創的な創作に基づくものであつて、乙第二号証中他の部分とは別個に著作者人格権・著作財産権の保護の対象になり得るものであることを認め得る証拠はなく、却つて、他に特段の立証のない本件においては、右用語は、自然科学上の特質の性質を説明するための普遍性のある用語と認めるのが相当であるから、乙第二号証中の右用語が他の部分から独立して著作者人格権・著作財産権の保護の対象になるものとは到底認め難いのである。したがつて、本件学位論文中、別紙(一)の(四)に記載の部分は、乙第二号証に対する原告の著作物公表権、氏名表示権を侵害するものではないというべきである。
  もつとも、本件学位論文中、別紙(一)の(四)に記載の部分のうち、(1)ないし(6)の部分の内容は、原告の著作にかかる乙第二号証の研究報告書に依拠したものであることは被告らの認めるところであるが、前述の通り、右部分の記述内容は自然科学上の法則に属することであり、かつ、その説明の表現形式も乙第二号証の表現形式と異にしているのみならず、前掲乙第一号証及び被告Y1本人尋問の結果によれば、右結晶構造の決定については、原告の業績であり、被告Y1はこれに従つたところから、このことを現わす趣旨で、本件学位論文の末尾に記載の謝辞のなかで、「結晶の育成と結晶構造の決定については原告の協力を得た」旨記載していること、そして、前述の通り、乙第二号証の研究報告書は、被告会社に提出されたもので秘密扱いになつていたところから、これを参考文献として掲げることは難しく、右に記載されている事項を引用又は利用した場合には、右の如く末尾の謝辞の形でその旨現わすか、「伊藤幸二‥私信」の形で現わす外はその出所を明示する適切な方法はないこと、以上の如き事実が認められ、〈る。〉また、〈証拠〉によれば、別紙(一)の(四)に記載の吸収端波長の測定は、現実には、当時被告会社の無線研究所で原告や被告Y1らと共に研究活動をしていた訴外Z3が行なつたものであつて、原告が行なつたものではなく、さらに、「吸収端波長は透過光が入射光の一〇〇分の一になる波長と定義している」という事柄は、主として被告Y1と訴外Z3とが協議して決定したことであり、このことは乙第八号証の二の原告、被告Y1、訴外Z4、同Z1を発明者とする特許公報にも記載されていて、右のことは、本件学位論文の作成された昭和四七年四月当時には、被告Y1ら研究者には一般的に知られていた事柄であること、以上の如き事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。してみれば、本件学位論文中、別紙(一)の(四)に記載の部分は、以上述べた点からするも、乙第二号証に対する原告の著作物公表権、氏名表示権を侵害するものではないというべきである。 
よつて、本件学位論文中別紙(一)の(四)に記載の部分が、乙第二号証の原告の著作物公表権、氏名表示権を侵害するとの原告の主張は失当である。
5 別紙(一)の(五)に記載の部分について
  本件学位論文(乙第一号証)中、五四頁に掲記の第3、4図と、甲第三号証の一二頁に掲記のFig1の図面が同一の図面であることは、前述の通り、当事者間に争いがない。

 ところで、〈証拠〉によれば、次の如き事実が認められる。すなわち、(1)、本件学位論文中、五四頁に掲記の図面と甲第三号証の一二頁に掲記の図面とは、いずれも横軸にCd1ーxMgxTeの混晶におけるMgの量を、縦軸に、その吸収端波長を現わしたものであること、(2)、そして、Mgが零の場合(右図の左端)と1の場合(右図の右端)の右混晶の吸収端波長の数値は、甲第三号証に掲記の図面や本件学位論文が作成された当時において、計算上明らかなものとされており、また、それ以外のMgが〇、二、〇、四、
〇、五等の割合によるCdTeーMgTe混晶の吸収端波長は、前述の訴外Z3が測定した結果によるものであること、(3)、右甲第三号証に記載の図面のうちCd1ーxMgxTeの混晶とその吸収端波長の関係を現わした部分は、その後、アメリカ合衆国で昭和四三年一一月に登録された原告、被告Y1、訴外Z4、同Z1を出願者とする特許公報(乙第七号証の一)に記載されており、我が国において昭和四五年五月二六日に、同じく右四名を出願者として公告された特許公報(乙第八号証の二)及びその出願依頼書(乙第八号証の一)にも記載されている外被告Y1、原告、訴外Z1らが、共著で昭和四四年四月に発表した「Cd1ーxMgxTeの発光ダイオード」と題する論文(乙第一五号証)にも記載されていること、(4)、しかして、右各混晶とその吸収端波長の数値をグラフに現わせば、それが直線になることは、当時原告の外被告Y1やその他の研究者らにおいては一般に推測できる事柄であつたこと、(5)、また、甲第三号証の一二頁に記載のFig1の図面中、CdSxSe1ーxの混晶とその吸収端波長の関係を現わした部分は、本件学位論文中、Cd1ーxMgxTeの結晶構造と吸収端波長とに関する本文の記述とは全く無関係なものであつて、右部分は、「CdTeとMgTeの混晶による発光ダイオードの研究」の論述にとつては全く無用のものであること、以上のような事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。してみれば、甲第三号証のFig1の図面の著作物性があるともたやすく認め難いから、本件学位論文に甲第三号証のFig1と同一の図面を記載したことをとらえて、右図面に対する原告の著作物の氏名表示権を侵害したものとはたやすく断定し難いのみならず、本件学位論文中に、前記原告の著作にかかる図面と同一の図面を記載したことが、仮に形式的に原告の右図面に対する著作物氏名表示権を侵害した(正確には、出所を明示しない著作物の利用に当る)ものであるとしても、前段に述べたところからすると、右侵害については実質的な違法性はないものと解するのが相当である。
  なお、さらに、〈証拠〉によれば、被告Y1は、右の点について、その後原告から抗議を申込まれたので、原告に対し、口頭で陳謝し、さらに、東京大学と国会図書館に備付けられた本件学位論文については、右図面に、注の「26)」を附加して、それが原告の著作にかかる甲第三号証によるものであることを示してその出所を明示し、その旨の訂正をしたこと、なお、被告Y1は、右以外に、本件学位論文を、自己の先輩や同僚の研究者等少数の者に配布したのみで、これを市販したようなことはないこと、以上の事実が認められる。してみれば、被告Y1が本件学位論文に原告の著作にかかる前記図面と同一の図面を掲記したことにより、原告の著作物氏名公表権を違法に侵害したとしても、前記認定の如き被告Y1の措置により、その原状回復は果されたものというべく、右侵害の程度等に照らし、それ以上に、原告が本訴で請求しているような名誉の回復や訂正要求、損害賠償等の請求をすることはできないものと解するのが相当である。
したがつて、本件学位論文中、前記図面を記載した部分が原告の著作物氏名公表権を侵害したとし、これを前提にした原告の請求部分も失当である。
6 別紙(一)の(六)に記載の部分について
  本件学位論文及び原告の著作にかかる乙第三号証の研究報告書中、別紙(一)の(六)に記載の部分は、リンやAs(砒素)を使つた場合の実験の結果や、右の方法によつて作つた混晶の性質等を記述したものであることは、右各記載に照らして明らかなところ、前述の通り単なる実験の結果や、リン、Asを添加して作つたCdTeーMgTeの混晶の性質等は、著作者人格権・著作財産権の保護の対象となるものではない。のみならず、本件学位論文中別紙(一)の(六)に記載の部分と乙第三号証中別紙(一)の(六)に記載の部分は、その記載内容の多くが異なつているし、また、右記載内容が同一の部分もその表現形式が全く異ることは、右各記載に照らして明らかである。しかも、〈証拠〉によれば、本件学論文中、五七頁九号目以下の「リンを添加してCdTeとMgTeの混晶を作つたが、結晶中に1〜2径の空洞が散在し、良い結晶が得られなかつた。」とある部分については、注の「9)」として、「伊藤幸二‥私信」を掲げ、右部分については、その出所を明示していること、なお、当時、乙第三号証の研究報告書は、被告会社に提出されたもので、秘密扱いになつていたから、これを文献として表示することは困難であつて、右の如く「伊藤幸二‥私信」とする以外にその出所の表示をする適切な方法はなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。(なお、前記乙第二号証において述べたと同一の理由により、被告Y1らは乙第三号証のうち著作権法の保護の対象になる部分もこれを使用し得るのである)。
  してみれば、本件学位論文中別紙(一)の(六)に記載の部分は、乙第三号証に対する原告の著作物公表権・同一性保護権を侵害するものではない。
  なお、原告は、本件学位論文中、別紙(一)の(六)の記載の部分は、原告の業績を正確に伝えず、否定面のみをとりあげ、肯定面を削除し、原告の業務内容を歪め伝えているとして、その著作物の公表権、同一性保持権の侵害をも主張しているが、右原告の主張事実に副う原告本人尋問の結果はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。却つて、前掲乙第一号証、被告Y1本人尋問の結果によれば、本件学位論文は、原告主張の業績を伝えることを目的としたものではないことは勿論、本件学位論文中別紙(一)の(六)に記載の部分は、乙第三号証の研究報告書中別紙(一)の(六)に記載の部分全部を引用したものではないことが認められるから、被告Y1が本件学位論文において原告の業績を誤り伝えるなどということは、もともと起り得ないことというべきである。
  よつて、本件学位論文中別紙(一)の(六)に記載の部分が乙第三号証に対する原告の著作物公表権、同一性保持権を侵害したとの原告の主張は失当である。
四 そうだとすれば、本件学位論文が原告の著作物に対する公表権、氏名表示権、同一性保持権等著作者人格権や著作財産権を侵害したとして、被告らに対し、謝罪文、訂正文の送付等や損害賠償を求める原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくすべて失当であるからこれを棄却し、訴訟費用につき民訴法八九条を適用して、主文の通り判決する。
(後藤勇 野田武明 三浦潤)
別紙(一)原告主張の著作権侵害部分一覧表
別紙(二)〜(五)〈省略〉


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